ミャンマー視察団に参加して・・・その一 「最後のフロンティア」(山本紀久雄氏) | 清話会

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街角ウオッチング173号
ミャンマー視察団に参加して・・・その一
「最後のフロンティア」


山本紀久雄氏(経営コンサルタント、経営ゼミナール代表)


※「街角ウォッチング」過去の記事はこちら

■最後のフロンティアという意味

清話会主催の「ミャンマービジネス視察旅行会・2014年11月11日(火)~15日(土)」に参加して、ヤンゴン周辺を回ってきた。

ミャンマーには以前から興味を持っていた。それはミャンマーが「最後のフロンティア」と呼ばれているからである。

「最後のフロンティア」と称される理由、それは人口規模の割に、国民所得が低いからである。隣国のタイが人口6700万人(2013年)で一人当たりGDP 5778ドル(2013年)に対し、ミャンマーは人口が5200万人(2013年)、一人当たりGDP 869ドル(2013年)と、人口はタイの78%規模であるのに、一人当たりGDPはタイの15%にすぎない。(ジェトロ・ヤンゴン事務所資料)

このミャンマー人口は、2014年8月30日に発表されたばかり。それまでは国際機関の推計で
6000万人を超えるとみられていた。ミャンマーが前回の国勢調査をしたのは31年前の1983年で人口3500万人、以後、少数民族の武装勢力との内戦激化で調査できず、2011年の民主化後、武装勢力との停戦交渉が進展し、今年3月から4月にかけて調査が実施された。ただし、北部カチン洲などの紛争地帯では戸別調査ができず推計値であるから、人口値に増減があるかもしれないが、大勢は5200万人程度とみてよいだろう。

アジア開発銀行(ADR)は現在の外資導入策を継続すれば、経済成長率は最高9.5%程度に達し、2030年には一人当たりGDPが現在のタイに匹敵する水準になると予測する。(日経新聞2014.11.25)

つまり、これから少なくても20年近くにわたって高成長が見込まれるのである。因みにASEAN10カ国の経済状況は左表のとおりである。(日経新聞・経済教室2014.10.24 木村福成慶應義塾大学教授)
これを見ると年平均実質成長率では、ミャンマーが最も高いことがわかる。

現在の経済規模が低いことは、これからの成長余力が高く、魅力は大きいと考えるべきだろう。

■この背景から日本企業は


「東南アジアの最西端に、人口5200万人を超える市場がある。今後、経済改革や民主化が進み、長期的に経済成長を遂げることは間違いないだろう。その巨大な可能性を秘めたミャンマーのマーケットに対し、まだ、十分な企業が進出していない。ならば、競合他社よりも早い段階でミャンマー市場を開拓したい。その足掛かりとして、駐在員事務所や支店をつくりたい」と考えるのは当然であり、まさに「最後のフロンティア」といわれる所以で、毎日のようにその進出ぶりが新聞報道されている。

■ミャンマーを知ることが大事

このようにミャンマーへ進出する企業が増え続けている。どこも十分な事前調査をして進出の決断をしていると思われるが、これから検討する企業の場合、最も重要で大事なことは、個別の業種実態把握は勿論重要不可欠であるが、その前に大局観を持つことと、そこから得た感覚と実態に触れた読み・予測という二項目が必須条件であろう。

大局観とは物事を俯瞰して判断することであるから、ミャンマーに関していえば、歴史と地政学的な視点での確認が必要である。全体を把握せず、見聞きした一部の事実にとらわれることは危険である。

そこで、今回のミャンマー・ウオッチングは以下の三項目で展開したい。
1.ミャンマーを大局観で見る⇒「最後のフロンティア」であるが、ビジネス進出は当然にヤンゴン周辺から展開するという結論になるだろう
2.ミャンマーの現実をいくつかの場面からレポートする⇒現状把握である
3.以上の前提から進出好適事例の分析⇒今後の進出へのヒントにつなげる
 
まずはミャンマー全体の把握から入りたいが、ミャンマー情報入手については、ミャンマー民主化2011年以前については制約条件が付く。

ミャンマーは1988年に軍事クーデターが起き、軍事政権に完全に移行した。その後1990年の総選挙でスー・チー氏率いるNLD(国民民主連盟)が圧勝したが国会は開催されなく、かえって、スー・チー氏の自宅軟禁が続いたので、米国は1997年にミャンマーに対する新規投資を禁止した。この制裁発動以前に投資していた事業の継続は認められたものの、米欧での消費者不買運動等も高まり、多くの米欧系企業が撤退に向かうこととなった。
さらに、2003年5月、アウン・サン・スーチー氏をミャンマー政府が再び拘禁したことから、アメリカが経済制裁を行い、2004年10月にはEUも経済制裁措置の強化を行った結果、日本企業の多くがミャンマーから手を引いて行ったので、2011年以降のミャンマー動向のみ詳しいというのが日本の実態で、背景情報が時間的に途絶えている。 

したがって、ミャンマーへの基本的認識において薄くなっている。例えば「ミャンマーとは複数の民族により構成される連邦国家である」ことを正確に認識している人は少ないのではないか。

そこでまずは、ミャンマーの地図から確認したい。(『ミャンマー驚きの素顔』82頁・三橋貴明著)

ミャンマーには7つのレジオンRegion(地域・管区)と、7つのステイトState(州)が存在している。7つの管区とは「ザガイン」「マンダレー」「マグウェ」「バゴー」「ヤンゴン」「エーヤワディー」「タニンダーリ」である。

7つの州とは「カチン」「シャン」「カヤー」「カレン」「モン」「ラカイン」「チン」である。

これらに居住するミャンマー人は約60%がバーミーであるが、シャン族、カレン族、カチン族、モン族、インド系、中国系など135もの人種で構成されている。

バーミーは中部地域やイワラジ川流域の沖積平野と都市部に多い。少数民族はタイ、中国、インド、バングラデシュなどの国境地帯に住んでいて、当然のことながら接する各国と血脈を通じている。例えば、タイと国境を接しているシャン族は、タイ語と通じることができるシャン語を話すのでタイとの関係は深くなる。
 
なお、ミャンマーの公用語はビルマ語であるから、バーミーを除く少数民族は、バイリンガルということになるが、中心部に位置するバーミーはビルマ語しか話せない。
 
しかし、ミャンマー人はビルマ語だけで十分に生活できる。これは日本人が日本語だけで社会生活ができるのと同様であるし、つい最近まで欧米諸国から経済制裁を受けていたので、グローバル言語の英語も大して必要でなかった。
 
なお、各管区、各州に単一の民族が住んでいるわけでない。シャン州の場合、人口の76.2%がシャン族、バーミーが24%で、モン族が11.1%となっている。(1983年国勢調査)。モン州にはモン族は38.2%、バーミーは37.2%と拮抗している。マンダレー管区はバーミーが95.2%、ヤンゴン・レジオンは83.6%、カレン族が4.8%となっている。
 
加えて、イギリス植民地時代、ビルマ統治のため1931年までベンガル地方、現在のインドの西ベンガル州とバングラデシュから、ビルマ人口の7%に当たる人々を移住させたので、今でもインド系住民が多くいる。
 
このような歴史的背景をある程度理解し確認しておくことが、ミャンマーを大局的見地から必要であろう。

■少数民族との戦い
 
もう一つの重要な問題は、ミャンマーの少数民族との戦いである。
片山裕氏(神戸大学教授)は次のように述べている。(2007年)

「独立直後から近年に至るまで、少数民族による長い反乱の歴史を持つ。英国の分割統治がビルマ族を抑圧して少数民族を優遇したことによるが、国土の大半が山間部で政府軍が容易に浸透できないのも一因。主なものだけでも、カレン、カチン、シャンなどの少数民族が分離独立を求めている。
カレン族は1947年に分離独立を掲げてカレン民族同盟(KNU:Karen National Union)を結成、タイ国境に近いカレン州(マナプロー)を拠点に武装闘争を繰り広げてきた。
民族民主戦線(NDF)は、カレン民族同盟が中心となり13の少数民族組織が75年に結成した。NDFは88年9月のクーデター後、多数の学生がこれらの少数民族支配地域に逃げ込み、学生たちと共にビルマ民主同盟(DAB)を設立。90年にはマナプローで、ビルマ連邦国民暫定政府(首相はセインウィン博士)が結成された。
政府軍の総攻撃で95年にマナプローが陥落、大量のカレン族難民が発生した。KNUは弱体化したが、過激な武力闘争を主張する分派「神の軍隊」が2000年1月、タイのラチャブリ県で病院占拠事件を起こした」

以上の状況であったが、2013年7月15日、ミャンマーのテイン・セイン(Thein Sein)大統領は初めて英国を訪れ、ロンドンの王立国際問題研究所(チャタムハウス、Chatham House)で講演し、1948年にビルマの国名で英国から独立した時以来続く、10以上ある少数民族と政府との戦闘について「数週間以内には停戦が実現するだろう」と楽観的な見方を示した上で、「その後は困難な交渉が待ち受けている。難しい点についても譲歩しなければいけないだろう。だが、実現させなければならない」と語った。

このテイン・セイン大統領の発言背景には、2012年1月にカレン民族同盟と停戦合意、2013年5月30日にはカチン独立軍(KIA)と停戦合意しているので一応頷けるのであるが、果して現状はどうなっているのか。

今回のミャンマーでは、この少数民族問題について識者から詳細説明を受ける機会がなかったので、これ以上は分からない。

だが、ビルマ独立直後から60年も続いてきた戦いであるから「全国的な停戦」までは簡単ではないだろう。
加えて、宗教対立もある。特に深刻なのはラカイン州で仏教徒とイスラム教徒との対立である。ラカイン州には英国植民地時代にバングラデシュからイスラム教徒が入ってきて、一部がロヒンギャ族を自称し定住した。当初は仏教徒との平和的共存が図られたが、1990年代以降、バングラデシュからの不法移民が増加するにつれ、危機感を募らせる多数派仏教徒との衝突が激しくなった。

2012年に夏にはラカイン州の州都シットウェーで仏教徒女性がイスラム教徒のグループに暴行・殺害される事件が発生。両者の衝突で約200人が死亡した。直後からミャンマー政府はロヒンギャ族を郊外の難民キャンプに隔離した。国連などは人権侵害として非難を強め、オバマ大統領は今年5月、ロヒンギャ族への迫害を理由に、ミャンマーへの経済制裁の1年延長を決定した。

しかし、見方を変えてヤンゴン管区に眼を転じれば、ミャンマー市場は魅力的になる。

■ヤンゴン市場

少数民族問題や宗教対立は、これからの動静を関心持って見つめるしかないが、ヤンゴンのミャンマー人達はこれらの問題を、遠い地域の出来事と考えている節があって、日本企業はこの感覚を理解することが必要だろう。
 
というのも、ヤンゴンと郊外で過ごした4日間、車の渋滞もすごいが、どこに行っても人で溢れている。人を運ぶバスや小型トラックの中まで、人がすし詰め満員状態である。しかし、人が多いということは経済成長の前
提条件であって、日本の人口減状態とは全く異なるわけで、ヤンゴン管区は市場として魅力は高い。
 
ヤンゴン市の人口は、近年急速に増加しており、1998年は247万人であったものが、2011年には514万人と年平均2.58%の高い伸び率を示している(JIKA2013年4月)というデータもあるが、既に700万人に達し、一人当たりGDPも1700弗になっているという見解もある。(ミャンマー驚きの素顔・三橋貴明著)
 
さらに強気な見方は「ヤンゴン市は乗用車の普及拡大の目安とされる一人当たりGDPが3000ドルに近づいている」(日経新聞2014年11月25日)という記事もある。
 
ASEANに加盟しているラオスの人口が677万人(2013年)であるから、ヤンゴン管区でラオス一国並の市場となっている。
 
そのヤンゴン、とにかく渋滞が酷い。車の渋滞がすごいのは東南アジア全体の傾向ではあるが、ミャンマーについて考えられるのは、イギリス支配下にあった時代、イギリスは工業化を進めない方針だった。帝国主義の時代、支配下の外国にインフラ整備も含めた投資を行った国はどこか。それは日本しかない。
 
日本が韓国を併合した時のソウルは貧しい街だった。それを整備して近代化させたのは日本である。満州もご存知のように満鉄をはじめ日本は国策投資を行ってきた。それが戦後の中国経済のスタートにつながっている。台湾もそうである。日本統治時代のインフラが基本となって現在の経済国につながっている。
 
しかし、イギリスはインフラ整備をしなかったし、インド人を移住させビルマ人を管理させた。だから、ミャンマー人はインド人にあまり好感を持っていないと言われる。
 
また、ミャンマーが欧米から経済制裁を受けていた期間、どこの国がミャンマーに投資してきたか。それは中国であり、ミャンマーは中国に依存しようとした。
 
だが、よく知られているように中国は日本とは違う。他国に技術や生産力を移転させようとはしない。中国のミャンマー投資の目的は明確であった。
 
一つは「インド洋への出口確保」、二つ目に「中国国内で生産される製品の市場確保」、三つ目は「中国資本でインフラ整備することでの中国人の雇用確保」であった。
その事例としてミャンマーでよく語られる事実がある。ミャンマーの電力利用率は33%(ジェトロ・ヤンゴン事務所資料)であるから、国民の70%は十分に電力を使えない。

今回のヤンゴン市内で訪問した企業、エレベーターが7階に上がる途中で停まるし、ドアも開かなく、また、開いてもドアが廊下と平行でない、という日本では考えられない動き方をする。これは多発する停電が要因だが、この事態を中国は解決してあげましょうと、国内7カ所の水力発電所の建設に乗り出した。

中国電力投資集団は2009年に完成させた中国国境のムセにシュウェリー水力第一発電所(600kw) を建設した。ところが、ここで発電された電力のほとんどは、中国に売電されている。さらに、工事期間中、中国人労働者が大量に入ってきて、そのまま居ついてしまう。自然環境への配慮がない破壊しまくる姿勢に、とうとう北部カチン州に中国電力投資集団が予定していた巨大ダム・ミッソンダム(3600kw)の建設中止を、2011年9月テイン・セイン大統領が中国に通告した。

これ等一連の動きがヒラリー・クリントン米国務長官の2011年11月ミャンマー訪問になり、事態は一気に急変、民主化が加速して現在に至って、今日の「最後のフロンティア」ブームにつながったのである。
この状況下、いよいよ日本再登場の機運が熟してきた。

2013年5月、安倍首相が訪問しテイン・セイン大統領との会談で大盤振る舞いを行った。まず、5024億円の延滞債務の全額解消と、新たな円借款510億円、無償資金・技術協力費400億円の計910億円、これを2013年中に執行すると約束した。

また、ヤンゴン近郊のティラワ経済特区(Thilawa SEZ)を視察し「日本とミャンマーの経済協力の象徴だ。絶対に成功させなければならない」と力説した。

加えて、2014年11月、東南アジア諸国連合(ASEAN)出席で再訪問した安倍首相は、テイン・セイン大統領にインフラ整備のため総額260億円の円借款供与を伝えた。

この円借款はヤンゴンの配電網改善や、港湾整備、中小企業向け金融が対象であるが、前年に続く大盤振る舞いにヤンゴンでは大きな話題となった。

というのもこの安倍首相のミャンマー滞在時期に、今回の清話会ビジネス視察旅行会が開催されたわけで、現地で安倍首相の動きを垣間見ることができたのである。これも偏に清話会・佐々木事業部長の先見性と高く評価する次第。

因みに、安倍首相の日程は以下のような首相官邸発表内容であった。13日のヤンゴン中央郵便局訪問は、日本が支援するミャンマーの郵便事情を視察するため。

日本のヤンゴン管区への関わり

ところで、ティラワ経済特区とは、JICAの海外投融資業務として実施される事業で、ヤンゴン市近郊(市街中心部から南東約23キロメートル)に位置する。

ミャンマーでは3つの経済特区計画がある。先行するのは北部のチャウピューで中国が開発しており、既に中国向けの原油とガスのパイプラインが完成している。南部のダウェイ特区はタイが担当するが、出遅れている。

ティラワ工業団地は2013年11月末の着工から1年、牛と山羊の群れしか見かけなかった田園地帯には、巨大な重機や据え付けを待つ下水管があふれ、9か国・地域の25社が進出契約を結んだ。先行して分譲を始めた約210㌶の1期区画は全体のほぼ半分が埋まった計算だ。その主な進出企業は次表のとおり。

ミャンマー政府は、ヤンゴン郊外のティラワ経済特区を環境開発モデル地区として、それをヤンゴンに活かそうとしているのだが、そのヤンゴン市開発マスタープランはどうなっているのだろうか。

これについては夕食を一緒にした、ヤンゴン在住の台湾人建築士女性が「それもJICAがつくっている」と発言したが、その通りでそこまで日本が関わっているのである。

そこで調べてみると、旧首都のヤンゴンは、都市生活を支える社会基盤インフラの老朽化が進んでいるので、JICAが2012年8月から、ヤンゴン都市圏の中長期的で包括的な開発ビジョン(マスタープラン)と、上下水道、都市排水、都市交通などの社会基盤インフラ整備の計画作りを進めていることがわかった。

現在、この計画に基づき、緊急性かつ優先度の高い事業の形成が行われている。例えば、安全な水の供給のため、ヤンゴン市内の送配水管の改修は無償資金協力による支援が進められている。一方、ヤンゴン都市圏の老朽化した火力発電所や変電所の復旧事業に対しては、円借款が供与されることが決まった。

このように日本がヤンゴン管区について関与を深めていくのであり、ミャンマーでヤンゴンが最も経済的に活発な地区であるから、当然に日本企業が進出するのはヤンゴン管区が中心になるのではないか、というのがヤンゴンを歩いた4日間の大局観である。

当然と言えば当然の観測であるが、実際に自らこの大局観を確認することが今後のミャンマー戦略にとって必要だと思う。

では、そのヤンゴン市場、実際に見聞きした内容を確認しつつ次号でお伝えし、三号でヤンゴン進出への好適例を検討したい。
                  

(続く)



山本紀久雄--------------------------------------------------
1940年生まれ。中央大学卒。日仏合弁企業社長、資生堂事業部長を歴任。現在、㈲山本代表取締役として経営コンサルタント活動のほか、山岡鉄舟研究家として山岡鉄舟研究会を主宰。著書に『フランスを救った日本の牡蠣 』『笑う温泉、泣く温泉 』等がある。

(山岡鉄舟研究会)    http://www.tessyuu.jp/
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