『“壁と卵”の現代中国論』 梶谷懐著 (書評:小島正憲氏) | 清話会

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「“壁と卵”の現代中国論」 

梶谷 懐著  
人文書院  10月10日

副題 :「リスク社会化する超大国とどう向き合うか」

帯の言葉 : 「揺らぎ、ときに衝突する中国の制度(=壁)と個人(=卵)」

久しぶりに、読み応えのある本に出会った。梶谷懐氏の中国の制度を壁、個人を卵として捉えて、論を運ぶ手法には新鮮さを感じると同時に大きな知的刺激を受けた。

また梶谷氏はこの本の中で、115冊を越える本を引き合いに出し、それらの論者の主張を的確に紹介しながら、自説を補強している。私はまだ40代前半の若さの梶谷氏のこの博覧強記に脱帽すると同時に敬意を表する。

しかしあえて苦言を呈するならば、この本には梶谷氏のアンテナに引っ掛からなかった論文や、異端の発想などは組み込まれておらず、現場知らずの象牙の塔に籠もった学者の本という印象も受けた。

梶谷氏は現代日本人の中国感を「①“脱亜論”的中国批判」、②実利的日中友好論、③“新中国”との連帯論」という3類型に分け、自らを「あえていうなら、②が5割、③が4割、①が1割といったところか」と分析している。自らの立場を重層的にかつ率直に吐露しているという点で、私は梶谷氏の柔軟さに親近感を覚えた。この分類法に従えば、私は②が5割、③が5割というところだろうか。

梶谷氏は、「中国の現実を考えるとき、気にかかるのは、現代の中国社会を考える上での内外の議論の対立軸があくまでも“富の分配”をどうするか、ということにとどまっており、そこに“リスクの分配”をどうするか、ということが、少なくとも公式には重視されていない点である」と書いている。私は傾聴に値する意見であると思う。

梶谷氏は現在進行中の不動産バブルについて、「日本に住む私たちにとっては、“バブル崩壊”“財政破綻”などといったセンセーショナルな言葉に踊らされる前に、まず本章で述べたような中国の地方財政および地方金融のメカニズムを、マクロ経済学の知識を踏まえながら理解しておくことが改めて重要になってくるのではないだろうか」と書いている。

しかし梶谷氏は本文中で、私がいつも指摘しているように、土地とマンションは別物であるのに、不動産として一括して捉えてしまっている。土地のバブル化を証明するために引用している「土地交易価格指数」も、住宅用地のものであり、工業用地や商業用地のものではない。またマンション価格のバブル化に、インフォーマル金融が深く関与しているという指摘もない。

梶谷氏が言うように中国のマンションバブル崩壊は恐れることはないかもしれない。しかしながら、それがソフトランディングという形を取るにせよ、いずれにしても早晩結論が出るわけであり、中国進出企業はそれを射程距離に入れて戦略・戦術を決定しておかなければならない。むしろ学者はそれを強調しなければならないのではないか。

梶谷氏は現在のストライキの多発についても、その原因に言及しているが、人手不足の現状を正しく把握しておらず、それはあまり参考にならない。現場ではマクロ経済学では理解し難いような状況が、刻々と進行しているからである。

梶谷氏は少数民族問題についても、豊富な学識から深い洞察を加えている。ことに私が今、もっとも深く追求しているチベタンコミュニストのブンワン氏のことが本文中に登場してきたのには驚いた。

また少数民族問題に詳しい大西広教授への若干の批判も行われている。しかしながら私は、梶谷氏はラサやウルムチの現場には、おそらく足を踏み入れて調査を行っていないのではないか、また梶谷氏の情報収集にはある種の偏向があるのではないかと思う。

学問的側面から民族問題にアプローチするのは結構だが、現場で直接、少数民族やその場の漢族と触れあってみなければ、この問題の解決方法は見出せない。私は少数民族側の自助努力不足という観点が梶谷氏の主張からは抜け落ちていると考える。

私は少数民族問題で、もっとも戒めなければならないのは、少数民族側の暴発であると考えている。ラサでもウルムチでも、少数民族側が隠忍自重していれば、あの暴力の応酬はなかった。最初に少数民族側の暴発があったことが、事件を暴動に発展させ、血の弾圧という結末に至らせたのである。これはすでに実証されている。梶谷氏のアンテナには、なぜこれが引っ掛からなかったのか不思議である。

暴力の応酬からは、なにものも生まれない。どんなに迫害されようとも、少数民族は暴力以外の方法で、漢族を凌駕すべく努力をすべきなのである。



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清話会 評者: 小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )

1947年生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化 市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を経ながら今年より現職。中国政府 外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。

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http://ameblo.jp/seiwakaisenken/theme-10028305790.html


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