改造効果で支持率反転した菅政権の行方(花岡信昭) | 清話会

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改造効果で支持率反転した菅政権の行方

花岡信昭氏(拓殖大学大学院教授、産経新聞客員編集委員)


★自信を取り戻した菅首相
清話会 内閣改造と党役員人事をやり遂げて、菅首相は意欲満々に見える。下落を続けた支持率も若干ではあるが反転した。だが、この政権の先行きは依然として不透明きわまりない。

 のっけから一国の宰相にこういうことを指摘するのも失礼かとは思うが、目の下にクマをつくっていた一時の落ち込みぶりに比べて、このところの菅首相は別人のように明るくなった。シビアな言い方をすれば、喜怒哀楽がはっきりと見えてしまうようなタイプは国家リーダーとしてはちょっと困る。

 政治というのは最高度の権力闘争の場であって、そこにはあらゆる権謀術数が渦巻く。これは昔も今も世界中で通用する「真理」である。その先頭に立つべきプレーヤーは、いってみれば「キツネの狡猾さ」を内に秘めた「堂々たるタヌキ」といったイメージであることが望ましい。

 といったことは、ないものねだりであって、ではほかにだれがいるかと問われると、返答に窮してしまうのだが、過去の例では首相の座に就いた政治家はおのずと風格が備わっていくものだった。地位が人をつくるというのは、まさにその通りであって、今後、菅首相の存在感がどこまで高まるのか、じっくり拝見することにしよう。

 メディアの世論調査によれば、たしかに改造直後の支持率は持ち直している。共同通信32.2%(前回調査に比べプラス8.6ポイント)、読売新聞34%(プラス9ポイント)、朝日新聞26%(プラス5ポイント)、産経新聞・FNN28.3%(プラス4.7ポイント)といった具合だ。

 こういう順に記したのは、前の2社が改造当日の14日と15日の調査、後の2社が15-16日の調査であるためだ。わずか1日のズレで、微妙な差異が見られる。四捨五入すれば、14-15日調査がプラス9ポイント、15-16日調査がプラス5ポイントだ。

 このあたり、意地悪く見れば、改造当日の興奮状態がやや収まり、支持率上昇分がほぼ半減したということか。まあ、そのあたりの分析はさらに時間が必要だ。

★「小沢切り」「仙谷切り」の課題をクリア
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 菅首相にとって、通常国会を前に改造に踏み切らざるを得なかったのは、「小沢切り」「仙谷切り」という二つの高い壁を乗り越える必要があったためだ。この点はなんとか成功しつつあるようにも見えるのだが、果たしてどうか。

 仙谷官房長官の「更迭」はかなり厳しいものがあると見られていた時期もあったが、党の代表代行として遇することで乗り切った。仙谷氏は党本部で岡田幹事長よりも広い部屋を獲得し、SP(警護官)もつくというのだから、満足ではあろう。

 後任幹官房長官には最年少46歳の枝野幸男氏を充て、「脱小沢シフト」を継続させた。官房副長官に78歳の藤井裕久氏を起用して軽量イメージをカバーしようというあたりは、なかなかやるなとも思わせるものだ。

 最大のサプライズとされたのは、与謝野馨氏を経済財政相で起用したことだ。同じ東京1区で対立していた海江田万里氏は経済産業相に横滑りとなった。前回総選挙では、海江田氏が小選挙区を制し、与謝野氏は比例(自民)で復活当選している。

 通常の政治センスからいえば、こういう起用の仕方はまずあり得ない。裏側でどういう話があったのか定かではないが、旧来型の感覚でいえば、与謝野氏が次期総選挙に出馬しない意思を示したか、あるいは民主党の比例単独候補とすることを菅首相が確約したか。そうした密約でもない限り、ちょっと想定できない。

 与謝野氏はたちあがれ日本を離党して菅政権に走った。政治の世界のことだから、昨日の敵は今日の友という構図があっても不思議ではない。それはそうなのだが、社会保障と税制改革(消費税引き上げ)の一体改革に当たるという触れ込み通りに進まない場合、与謝野氏起用の一点から水が漏れ決壊する恐れなしとしない。

 現に、自民党側は与謝野氏に対し、議席を自民党に返して民間人となるべきだと主張、公明党とともに「与謝野問題」を審議入りの条件に据える構えだ。これまで審議入りの条件としてきた「仙谷切り」が実現してしまい、抵抗策を失いかけていたところに飛び込んだのだから、これに食いつかない手はない。

★納得がいかない江田五月氏の法相起用
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 改造内閣でどうしても指摘しておかなくてはならないのは、江田五月氏の法相起用である。はっきりいって、これは憲政の矜持(きょうじ)を傷付けるものだ。

 江田氏は前参院議長だ。参院議長経験者が閣僚となるのは初めてである。立法、司法、行政の三権分立を国家の基本構造としてきた以上、立法府の長を務めた人が閣僚として行政府の一員になるというのは、政治の基本的なスジを損ねることになる。

 これによって、参院議長の権威は一気に地に落ちることになった。おそらくは、官房長官候補として名前が挙がったので、菅首相も義理を果たしたのであろう。そういう次元で人事をやってはいけない。

 菅首相は、首相が自衛隊の最高指揮官であることを知らなかったらしいが、三権の長を閣僚に起用してはいけないという「常識」もわきまえていなかったということになる。それ以前に、周辺でこの「愚挙」を制止する側近はいなかったのか。

 ここは重要なポイントだから、あえて指摘するが、首相になれば何でもやれると思いあがってはいけない。やっていいことと、絶対にやってはいけないことがあるのである。法的には違反してはいないなどと開き直ってはいけない。法律に書いてないことのほうが重要な問題ということがあるのだ。

 江田氏の法相起用には、民主党の未成熟さと傲慢さがにじみ出る。そこに気付かないようでは、この政権はいよいよ危うい。

★「脱小沢」路線を貫く菅首相


 菅首相は国会での施政方針演説に先立って、外交方針を明らかにするという。これもまたおかしな話である。

 鳩山―菅両民主党政権は、外交・安全保障分野でつまずいた。鳩山前首相の「普天間迷走」、菅首相の「尖閣迷走」に見る通りである。

 だから、改めて外交分野だけにしぼって国会召集前に演説するというのだが、本来は、施政方針演説の柱とならなければいけないテーマである。国会では外相による外交演説も行われる。

 そうした政権運営、国会運営の基本から外れたところで、世間受けを狙おうというのだろうか。これまた、この政権の危うさばかりが浮かんでくるではないか。

 そこで、「小沢切り」の行方である。菅首相は徹底した「脱小沢」路線を貫徹することで、支持率の回復を狙えると判断しているのであろう。

 だが、民主党内には、元日に小沢氏の私邸に駆けつけた120人の「親小沢」系議員がいる。いまや小沢氏の盟友となった鳩山前首相系の議員もいる。

 党内政治の観点からすれば、「小沢切り」が行き過ぎると、亀裂を一段と深めることになる。それでも「われに分あり」と踏んでいるのだろうが、政治の世界では「惻隠(そくいん)の情」という重要な要素もある。

清話会 ★小沢氏との権力闘争の行方は未確定


 是非論は別にして、リアリスティックな判断としてどちらに軍配が上がるか、こればかりは分からないというべきだ。

 おそらくは近いうちに小沢氏は強制起訴されるだろう。これは小沢氏自身がいみじくも述べたように「通常の起訴とは違う」のである。検察審査会が2度にわたって「起訴すべきだ」と判断したことにより、東京地検があれだけ捜査しても起訴できなかった事件を弁護士が検事役となって公判請求するという話だ。

 これはだれも経験したことのない展開である。強制起訴によって、小沢氏はいわれるように、その政治行動が完全に制約されるのかどうか。巨額な政治資金を集めるのはけしからん、と騒いでみても「けしからん罪」というのはないのである。

 誤解のないようにしておきたいが、小沢氏擁護の観点からそうしたことを指摘しているわけではない。日本政治において「未体験ゾーン」に入り込もうとしているわけだから、そのとき、どういう光景が目の前にあらわれるか、これは分からないのだ。

 勝手に推測すれば、強制起訴となれば小沢氏は「単独離党」するだろう。自由な立場で民主党内の小沢系グループを差配することも可能になる。菅首相は安閑としてはいられないのではないか。


【日経BPネット連載・時評コラム拙稿「我々の国家はどこにむかっているのか」1月20日更新】再掲