「自由貿易の黄昏?」(森野榮一氏) | 清話会

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第33回 「自由貿易の黄昏?」

森野榮一氏(経済評論家、ゲゼル研究会代表)

先週、通貨戦争や米の報復関税の話題で戦前の歴史に思いが及んだ方も多かったちがいない。ブラジルの財務大臣、グイド・マンテガの言うように「宣言されざる通貨戦争」がたしかに存在する。彼は先進国は拡張的な金融政策を通して経済問題の解決を図っていると非難したが、これは戦前、金本位離脱国が紙幣を乱発し通貨の下落を図り、金本位にこだわった諸国との間で貿易紛争が始まった時期の悪夢を呼び起こすからだ。
清話会 金平価を維持しようとした国は通貨下落国からの輸入が増え、これに保護貿易主義で対抗せざるをえなくなった。最新のIMF統計で中国は2.5兆ドルもの外貨準備を積み上げ、さすがに米国は中国の人為的に通貨安を維持し続ける姿勢を許容できず、報復関税を可能にする法案を下院で通過させた。


EUの経済委員オッリ・レーンも中国に柔軟な為替レート政策を採用することが重要と迫ったが、中国は国内産業保護という自国の利害を強調してはねつけた(「欧州と中国、通貨で衝突」
http://www.lemonde.fr/economie/article/2010/10/06/l-europe-et-la-chine-s-affrontent-sur-la-monnaie_1421361_3234.html  参照)。


清話会 2008年、G20で自由貿易の意義についてはどの国も異論がなかったはず。だが総論賛成、しかし各自の利害は別にあるということだろう。国際貿易の不均衡と世界経済の回復の頼りなさは、両大戦間期の光景を甦らせている。


通貨切り下げ競争と保護主義は破滅的な結末を迎える、それは歴史の教訓である。とはいっても、通貨安はどの国も望むところだ。先進国を批判したブラジルも国外投資家に対する金融取引税を引き上げ、自国通貨引き下げる姿勢である。どの国も自国経済の低迷を望まない。しかし低迷するほどに輸出依存は高まり、通貨安競争に拍車がかかる。相手国はたまったものではないが、対応策を採る。米国は右手にドル安、左手に保護主義による報復関税の二丁拳銃だ。

各国の協調が事態を解決するだろうか。G7もG20も総論が行き交うだけであろうと思う。時代は自由貿易のたそがれを迎えているようだ。ちょうど今見ている10日付けのシュピーゲル・オンラインのIMF年次総会を伝える記事でも、「IMFは通貨紛争を解決できない」とある
http://www.spiegel.de/wirtschaft/unternehmen/0,1518,722278,00.html#ref=rss )。


IMFが通貨紛争に対処し緩和する場所であると確認しただけのようだ。米国のガイトナーは「世界の外貨準備の過剰は国際的な通貨。金融システムの深刻な混乱につながる」と中国を念頭に置いて国際的な協力による解決を求めたそうだが、利害の調整は難しいだろう。


週末、9日付けで、WSJは「グッバイ、自由貿易?」という記事を掲載していた。「1930年代、高関税と通貨戦争はわれわれに高くついた。同じことをするのは避けることができる」という議論だ。
http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704696304575538573595009754.html
タイムリーな議論に思えた。ざっと、概要を一瞥しておくと、下記のようだ。

・・・以下要約
清話会 1930年、・・・大恐慌の効果を緩和しようとして・・・下院はホーリー・スムート関税法を通過させた。どなたかその効果をご存じか。それは機能しなかった。そうして米国は大恐慌にさらに深く沈み込んだ。

米国の雇用なき景気回復が長引くので、・・・国際貿易に関する議論で、スムート・ホーリー法が呼び起こされる。下院は中国に対して通貨が引き上げられない場合、貿易制裁を目的とする法案を可決した。・・・ティモシー・ガイトナーは「輸出のために短期的なひずみ」を激化させうる通貨政策に警告した。

・・・米ドルはこの木曜日までに数カ国の通貨に対して最安値を記録した。IMFは大恐慌時代の名残である通貨切り下げ競争の発生に警告した。WSJとNBCニュースの世論調査では、自由貿易協定が米国に損害を与えてきたと信じている米国人が53%と3年前の46%、1999年の32%から上昇しているのが判明した。

それでいまもう一度1929年なのか。米国人は経済の跳ね橋を上げる準備をしているのか。スムート・ホーリーの亡霊は戻ってきたのか?それは大恐慌時代に政策立案者が犯した誤りの一つであったが・・・私たちが30年代の世界経済の下降をもたらした一種の破壊的な近隣窮乏化の貿易戦争を回避したいと望むなら、歴史から正しい教訓を学ばねばならない。

・・・1993年の北米自由貿易協定を巡るロス・ペローとの論争で、アルゴア副大統領はスムート・ホーリーが大恐慌の主要な原因の一つであり、多くの経済学者がそう述べていると主張した。実際には、エコノミストは・・・こうした見方を拒否している。関税引き上げは貿易や経済効率を引き下げはしたが、経済に混乱を作り出しはしなかった。ミルトン・フリードマンは・・・スムート・ホーリー法が悪法であるとは思うが、それで労働力人口の四分の一が失業するようになってはいないと述べた。・・・大恐慌の期間、通貨供給や国内物価は三分の一にまで落ちており、金本位と不適切な財政政策のためである、と。

これが制定されたときは今日と異なり、米国はそれほど国際貿易に開かれていなかったので、スムート・ホーリー関税には、大きなマクロ経済的影響はなかった。総輸入はGDPのほんのわずかな部分にすぎなかった。それに輸入の三分の二は消費財であり、工業用原料は関税を免除されていた。1929年の関税が課された輸入はGDPの1.4%。大きな景気後退を発生させるにはそれでは十分ではない。
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それは完全に不要であった。法律が導入されたとき失業率は低く、米国は輸入品であふれていたわけではなかった。下院は1929年5月に法案を可決したが、景気循環がピークを打ち、株式市場がクラッシュする前であった。スムート・ホーリーになにかよい経済原理がなかったとしたら、上院がこの保護主義的な手法を導入する動機となったものはなにか。もちろん答えは政治である。ここに今日へのとりわけ適切な教訓がある。

関税はもともと米国の農業者を助けるために提案された。農業者は第一次大戦中の好況期、高価格を享受した後、長い下降を経験した。農産物価格の低迷は厳しい財政難と融資の焦げ付きにつながった。議会の最初の反応は農家所得を引き上げるために農産物価格支持を通過させたが、クーリッジ大統領はこれを二度にわたり拒否した。

農業者を助けるためになにかしているように見せるために議会は、高い輸入関税を選んだ。問題はほとんどの、とりわけ小麦と綿花の農業者がその作物を輸出して、世界市場が彼らが受け取る価格を決定したことであった。僅かな輸入額に対する高関税は彼らにとってなにをするものでもなかった。「保護が不十分な米国のポテトは全国的な問題だ」と・・・議員は主張したが、輸入は国内ポテト消費の1.4%であった。・・・

さらにひどいことに議会は新たな関税を農産品に制限しなかった。・・・何週間にもわたって議会は・・・関税について討議したが、国内の利害関係者を喜ばせようとする議員の努力は、一つのことを見落としていた。国際的な反応と米国の輸出に対するその影響をである。貿易相手国は逆襲した。カナダは米国商品に差別的関税を設け、競争相手の英国に市場を引き渡した。・・・輸入品の封鎖によって若干の米国の雇用が作り出されたかもしれないが、海外の需要はすっかり干上がってしまった。

歴史的類推を求めることができるが、今日と1920年代の保護主義感情との類似を描くのは誤りだろう。米国がスムート・ホーリーの考え方に戻ることはありそうにない。国はかつて以上に世界経済に統合されているし、貿易の混乱がはるかに高くつくことが広く理解されている。私たちは歴史からいくつかの教訓を学んだように思える。

第一に、輸入制限は意図した目的をめったに実現しはしない。スムート・ホーリーは米国の農業者に打撃を与えた。ひとによってはまだ中国に対する貿易制裁が米国で雇用を作り出すと主張しているが、その結果は別の、賃金の安い発展途上国に仕事を移転しそうである。昨年、中国の安いタイヤに課された懲罰的関税は国内のタイヤ生産や雇用を変化させなかった。主な受益者はタイや韓国のタイヤ生産者である。・・・

より重要なことは外国による米国の輸出業者に対する報復の可能性を考慮することを学んだことである。・・・そしてさらに微妙な教訓がある。それは今日直面している問題にいっそう関連している。大恐慌時代の通商政策にとって決定的な瞬間は、・・・いくつかの国が金本位を捨て、他の諸国がそうしなかったときである。それは貿易戦争の引き金になった。金本位に止まった国々は通貨を切り下げた国からの輸入に制限を加え始めたのである。

1930年代に、諸国は相互に代替的なものとして拡張的な金融政策と保護貿易主義を活用したのである。金本位に執着した諸国はタイトな金融政策を維持するよう強いられた。世界経済のデフレ圧力を打ち消すために紙幣を乱発できなかったからであり、高い関税、輸入割当、為替管理を課したのである。こうした輸入障壁は経済を活性化することにおいて失敗であった。結果的にこうした諸国は長引く不況に苦しんだのである。


対照的に、金本位から離れ、通貨の下落を受け入れた諸国は保護主義的貿易措置に頼る必要はなかった。彼らは物価の下落を終わらせ、経済成長を図るために金融政策を使用した。さらに、貿易制限とは異なって通貨の下落は近隣窮乏化政策ではなかった。金融の緩和が成長を押し上げたので実際には隣国を助けた。通貨が下落する国による輸入は金平価を維持する国による輸入よりはやく増加したのである。

私たちが通貨価値をめぐる貿易戦争の不気味な可能性をもつ現在の状況との重要なつながりを見つけるのはここでである。もしあらゆる主要国の中央銀行が自国の通貨価値を下げようとして外国為替市場に介入するならば、どこも名目的な為替相場を変更するのに成功しないだろう。しかしそれは世界的な金融緩和策に同等である。より緩和された金融スタンスが1930年代の大恐慌を終わらせるのに重要であった。・・・保護主義は湾に繋がれたままでありえたのである。

他方で、若干の国が一方的に介入するなら、まさしく中国はそうしており他国が追随すると非難されているが、名目為替相場は影響を受ける。元建ての商品をドルかユーロで購入するならより安くなる。1930年代の経験が示しているのは、この種の状況が貿易紛争を起こし、保護主義的な対応の引き金になりうるということである。

したがって、米国に自国通貨を引き下げる国に報復するのを思いとどまらせるために何ができるかである。1930年代に保護主義的感情に抵抗する最も重要なツールは経済成長を促進した金融政策であった。物価が下落し、失業が異常に高かったその時代にはそうした政策は作用した。そうして状況は今日、類似している。デフレの恐怖が静まり、雇用が急速に回復するなら、ワシントンの保護主義的対応の圧力は消滅するであろう。経済の業績がよいときは、通貨の紛争は背景のノイズになる。

大きな懸念は拡張的な金融政策が制御できず、ドルへの信認を破壊するインフレにつながることである。似た感情は、1930年代に金本位からの離脱に反対した”健全通貨”の勧告者たちによって表明された。そうした恐れは完全雇用の平時のときには正当化されるかもしれないが、経済にかなりの停滞があり、失業率が高いときには、金融政策は物価高騰につながる手前まで産出高を引き上げるのを助けることができる。

今日、米国の政策立案者は中国に注意を集中するのでなく、連邦準備制度理事会に注意を集中すべきである。・・・いま量的緩和すなわち通貨供給量を増加させる新たなラウンドが支持されているようにみえる。・・・1990年代日本は現在米国が直面しているのと似た状況にあった。1997年にミルトン・フリードマンは書いていた。”経済回復への最も確実な経路は通貨供給の増加率を増やし、タイトなマネーを緩和し、80年代の黄金時代の通貨供給の伸び率に、再びやりすぎることなく近づけることである”と。

ちょうどいま、議会は雇用なき景気回復を外国のせいにする準備をしている。もし連銀が断固として行動するなら、経済を助けるばかりでなく、保護貿易政策を防ぐのを助けるであろう・・・

・・・要約終わり

このWSJの議論では、1920年代の米国における保護主義政策、フォードニー・マクンバー関税法には触れていない。第一次大戦中、好況を謳歌した米国農業は大戦終結により欧州の農業生産が回復することで深刻な過剰生産に直面、農業救済のために同関税法が作られたのであった。これも経済的効果のない悪法であったといわれているが、当時、国内における政治的効果はあった。いま米国は中間選挙を控えている。保護主義の遺伝子は政治の季節に強まるものだ。それと同じ光景が今の米国に出てきているようだ。

しかしWSJがいうように、スムート・ホーリー法の1930年代は、輸出入がGDPに占める割合は今日に較べ低かった。それでも、経済の回復に効果はなかった。今日の貿易依存度の高い世界では経済を収縮させる効果が際立つかもしれない。自国を豊かにしようとしてどこの国もが貧しくなる近隣窮乏化の象徴がスムート・ホーリー法であったからである。

米GDPに占める輸出や輸入が、30年代どのような推移をたどったかは、6日付けのアジア・タイムスの論説「人目を忍ぶ保護主義」がBEAのデータをグラフにして提供していて、分かりやすい。
(http://www.atimes.com/atimes/Global_Economy/LJ06Dj03.html )

輸出入のシェアが1932年に3%台に落ち、恐慌でGDPが落ちているのに、その後このシェアがさほど増加しなかったのは、恐慌期の経済を特徴付けているが、「米国の輸出契約が1929年の59億ドルから1932年にはわずか20億ドルへ」落ちたのは、大恐慌のせいばかりではなく、それは政治の功績でもあったであろう。1929年から1933年にかけて、世界貿易が三分の二にまで収縮したことは知られているが、同じ趨勢をこれからの世界経済が経験するのはどこの国も回避したいところであろう。

しかし、通貨安の利益を享受してきた中国などによる国際的不均衡はもう続けられないところまできている。それは各国に、それに反応する政治の動きを生み出すが、政治家や指導者たちの叡智が解決を見出すのであろうか。

とにかく政治の季節であるが、政治力がまるでないかのごとき国の民間人は現実の推移を注意深くウォッチしていくのほかない。(2010/10/10)


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経済評論家、ゲゼル研究会代表、日本東アジア実学研究会会員。1949年、神奈川県生まれ。國學院大學大学院経済学研究科博士課程修了。著書は、『商店・小売店のための消費税対策』(ぱる出版)、『エンデの遺言』、『エンデの警鐘』(共著、NHK出版)、『だれでもわかる地域通貨入門』、『なるほど地域通貨ナビ』 (北斗出版)など多数。1999年、NHKBS1特集「エンデの遺言」 の番組制作に参加。その後、町づくりのアドバイスや地域通貨の普及活動に努めている。
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