「欧州の回復」 森野榮一のエコノぴっくあっぷ第31回 | 清話会

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第31回 「欧州の回復」

森野榮一氏(経済評論家、ゲゼル研究会代表)


一口に円高株安という。5月以来、円はドルに対して10%以上上昇し、先週には15年来の高値である1ドル、83.60円を付け、これはもう輸出でもっている日本経済の脅威であることは誰の目にも明らか。政府は今月末までには経済刺激策を実行するらしいし、日銀も銀行貸出を督励せんと新規貸出をするようだが、それによって停滞した経済の刺激になると信じている人は少なかろう。


この円高では輸出でかろうじて持ち直してきた景気もアウト、鉱工業生産はこの7月、前月に比して僅か0.3%の伸びにすぎない。年度後半にはこの為替状況を反映していっそう低下した数字をみることになろう。自動車関連の人からは、補助金を付けて先食いしてきた需要が切れて、これからどうなってしまうのかと懸念の声も聞く。


しかし政治のほうは裕福であることを止めようとしている国の「余裕」の残り火というべきか、政争の真っ最中で、なんとも批評のしようがない我がジャパンではある。


日銀は20兆円から30兆円、マネーサプライを増やして銀行に貸出を促したいようだが、借り手の側は、このような経済状況ではたとえ潤沢に手元資金があってもキャッシュの上に座ったままで、強い将来への確信に基づいて投資に動こうとはしない。ましてや借り入れてまで設備投資を考えるところはあるだろうか。経済は流動性のワナ状態を抜け出せずにいる。


加えて円高で別のワナというか、悪循環にも嵌ってしまったようにもみえる。円高が企業利益にダメージを与え、それはデフレの可能性をさらに高め、そうなると実質金利は上昇し、それがまたいっそうの円高を呼ぶという構図である。FXにいそしむ「ワタナベ夫人」の、いずれドルは戻すとみて円を売りドルを買うという賭けも、円高ドル安の進行に対する防波堤となるほどの力はないであろう。


どうやら我が国を眺めているのは身体に毒なばかりのようだ。仕方なく目を転ずれば、ユーロ圏、とりわけドイツの好調さが目を引く。


4日付のシュピーゲル・オンラインを見ると、「ドイツの億万長者、記録的水準の報酬」とあり、美しい女性がお札を燃やして葉巻に火を付ける画像が出てくる。
http://www.spiegel.de/wirtschaft/unternehmen/0,1518,715649,00.html

そこには、「にわか成金の記録、ドイツではこれまで、これほどの金持ちはいなかった」とある。


やれやれこれまた、別な意味であるが、毒な記事だな、と感じさせられる。「ドイツ人は好景気だ、そうしてまた市民の金融資産は急速に増えている。金融危機での損失は完全に埋め合わされた」と。たしかに、ドイツはユーロ安の恩恵を受けてきた。諸外国から低賃金政策と批判を受けながらも、政策を変えず生産性向上、輸出競争力を付けてきた。自動車を始め、機械、化学と輸出は好調である。


たしかに他方で、輸出ブームは国内経済を衰弱させ、「賃金抑制が必ずしも必要であるわけはない」という指摘もあるが、(http://www.diw.de/documents/publikationen/73/diw_01.c.359647.de/10-35-2.pdf )、ホンネとしては、米国を始めとして輸出によって自国経済回復の道を探っているわけであるから、ドイツにとって輸出ブームが悪いわけではない。輸出がアタマをうち通貨高で苦しんでいる日本からみれば、どうしてこのような差が生まれてしまったのか考え込まされる。


いまECBはユーロ圏の成長率を上方修正しようとしている。2日付けのル・フィガロの記事、「ユーロ圏では成長は期待以上によいだろう」ではhttp://www.lefigaro.fr/conjoncture/2010/09/02/04016-20100902ARTFIG00572-la-croissance-sera-meilleure-qu-attendu-selon-la-bce.php )、「欧州中央銀行はユーロ圏の成長見通しを上方修正。2010年は1.4%から1.8%の間、2011年は0.5%から2.3%の間」と報じている。


もちろんトリシエ総裁が、「各種分野でのバランスシート調整や労働市場の見通しで回復が制約される」と述べているように不確実性も存在する。それにユーロ圏には第二四半期、2.2%の成長を達成したドイツのような好調な経済もあれば、景気後退に突入しGDPを1.5%も落ち込ませているギリシャのような経済もある。


ユーロ圏のこうした格差ないし不均衡はしかし、トリシエ総裁にとっては「問題ではない」。ユーロ圏を合衆国として米国と比較してみれば、米国ではこの10年の成長率は最高のアリゾナ州は4.7%で最低のオハイオ州は0.9%であり、欧州合衆国にも同じ矛盾があるだけなのであると。


翌日3日付けでもフィガロはトリシエ総裁を登場させインタビュー記事を載せている。そこで彼は「ユーロ圏諸国は努力が必要」という。どこを意識して努力が必要なのか。もちろんドイツである。
http://www.lefigaro.fr/conjoncture/2010/09/03/04016-20100903ARTFIG00631-les-pays-de-la-zone-euro-doivent-faire-des-efforts.php


彼は大西洋の両岸、欧州と米国で経済回復の可能性があるとしている。それはドイツの成功を説明するものだと。


ユーロ安がこの成長に貢献しているのではないかとの問いには、通貨の動向にはコメントしないが、第二四半期のユーロ圏の成長が主に消費と投資の国内需要に基づいていることに大きな関心をもっていると述べることで輸出にばかり依存した経済回復ではないという見解をにじませている。ユーロ圏の成長1%につき0.7%が域内需要が貢献しており、外国貿易は0.1%の貢献であると。


しかしそういいながら、ドイツというEU最大の経済の成功原因をあげて、ユーロ圏への加入が、東西ドイツ統一で競争力をもった貧しい人々を抱え込みながら行われ、労働コストは抑制され、他のユーロ圏諸国より給与の上昇は低かったこと、これを受容する社会的協調や信頼が存在したとしている。また労働市場を巡る構造改革が超党派で取り組まれたこと、ドイツ企業が迅速にグローバル化に対応したことも指摘する。そうして欧州の近隣諸国が輸出の観点でドイツをモデルとするなら、コストの管理が不可欠であり、生産コストに敏感で、そのために改革を実施しうる柔軟な経済が必要と指摘している。これがドイツを見習いユーロ圏諸国に必要な努力というのである。


トリシエの期待するようにユーロ圏が推移していくかはわからない。しかし先週末、大西洋の向こう側の米国で発表された数字はさえないものであった。雇用統計が悪化したにもかかわらず予想よりはよかったと、回復期待の理由を探していたマーケットに好意的に受け取られたが、後を追ってISM非製造業景況感指数が前月を下回るや株式は下げに転じたように、米国経済の景気後退リスクは高く、二番底への過度の恐怖は薄れているとはいえ経済の停滞感は否めない。


バーナンキが恐れるようにデフレのリスクが高まっている。トリシエも米国ではデフレの恐怖が次第に現れると指摘しているが、「大西洋の両側には重要な構造的違いがある」として、欧州は2%未満という物価安定の政策を採ってきたこと、それは2%のインフレ期待のアンカーを持っていることだとし、ユーロ圏における年平均1.97%のインフレ率がインフレでもデフレでもない中期的な物価安定をもたらすと主張する。


欧州を含め先進国には過剰債務問題など経済情勢に不確かさをもたらす要因は多い。しかし、つい先頃まではユーロ圏崩壊とまで騒がれた欧州の着実さと自信が印象深いというべきか。残念なことに、トリシエはどこぞの国に「努力が必要」とは言ってくれない。



森野榮一
経済評論家、ゲゼル研究会代表、日本東アジア実学研究会会員。

1949年、神奈川県生まれ。國學院大學大学院経済学研究科博士課程修了。

著書は、『商店・小売店のための消費税対策』(ぱる出版)、『エンデの遺言』、『エンデの警鐘』(共著、NHK出版)、『だれでもわかる地域通貨入門』、『なるほど地域通貨ナビ』 (北斗出版)など多数。

1999年、NHKBS1特集「エンデの遺言」 の番組制作に参加。その後、町づくりのアドバイスや地域通貨の普及活動に努めている。


森野榮一氏ブログ

http://a1morino.blogspot.com/2010/04/ee.html