ゆとり第一世代、セイのブログ

ゆとり第一世代、セイのブログ

いわゆる、ゆとり世代の先がけ的年代。
たしかに打たれ弱いという自覚はある。
でも、そんなもの勝手に作ったのは大人たちでしょ?

若者よ、彼らを見返してやろう。
持ち前の図太さで、会社でも日々小さな反抗を続けています。

Amebaでブログを始めよう!


昨年私の妹が亡くなった。




彼女に対して特別な想いがあったとは思わない。

むしろ出会った時から嫌悪感を感じていたぐらいである。

それは、彼女に溢れんばかりの愛情を注いでいた両親に対しても同じだ。



しかし、もう息のない彼女が目の前で焼かれようとしている時、私は大声を上げて泣いていた。

全くといっていいほど普段は感情をあまり表に出さない私、人目をとても気にする私。

両親もきっと驚いたことであろう。



愚かな事に、居なくなって初めて、彼女が私にとって大切な存在であったと気付く。



私の青春の日々にはずっと彼女が側に居た。

私がどんなに引き離そうとも、嫌われようとしても彼女は側に寄ってきた。

何も世話をしたことが無いのに彼女は両親ではなく、私の近くに居た。

外から戻ると必ず玄関まで迎えに来た。



私の涙は悲しさからではない。そんな彼女に愛情を注いでやれなかったことへの後悔である。




彼女の体はガンに犯されていた。

彼女は普段から体が弱く、定期的に通院していたが医師は気付かなかった。



両親は医師を責めた。

弁護士を立て、今でも戦っている。



当初は怒りの矛先が私にも向けられた。

あれだけの涙を見せた私が、一緒に戦おうとしないことが気に食わなかったのだろう。




しかし、私にとってはどうでもいいことなのである。

戦いに勝とうが、もう彼女は戻ってこない。

理由はそれだけだ。




そして戦う両親を横目に見るどころか、墓参りにも行っていない。



行かなければ、とは思う。

と同時に、行けば彼女へのお参りというよりは、自分への叱責の場としてしまいそうだ、という考えが躊躇を生んでいる。

そうこうしているうちに、いつの間にか一年経ってしまった。



いきなりブログを立ち上げてこんな事を書き、何がしたいのかは自分でも分からない。



彼女が亡くなった直後、母は近くのファーストフード店に籠もり、ずっと何かを書いていたらしい。


当時は軽い欝にでも入ってしまったかと心配したが、たぶん今の私と同じことをしていたのだろう。

誰が読むわけでもないのに、いったい何のために書いているのか。




そして思いのままに書き綴ると、まあ何とも中身も、まとまりも無い文章になってしまう。

。。。これぐらいにしておこう。





せっかく立ち上げた場なので、これからはひっそりと日々の愚痴や小言を吐き出していきたい。