2013年12月1日(日)
 
  今年、713日のブログの投稿から今日まで載せてない。
 
 7月中頃、生涯初の大病を得た。二か月入院、ただいま自宅療養中の身である。私事なので、病のことは省略する。
 
 今日、ドライブ仲間リーダーのお声掛りで、7月以来、四カ月余ぶりのドライブの機会をもらった。
 まだ、長時間の乗車は身体にさわるだろうと神宮外苑の「いちょう祭り」が行先に選ばれた。
 
 長いブランクの後のドライブ、目に映る景色の全てが新鮮に映った。病のおかげで初心の感動が蘇った心境であった。
 何度かデジカメのシャッターを切ったが、こちらはだいぶ、腕が落ちたようだ。満足できる写真は撮れなかった。
 それでも、あえて投稿することにした。一時も早いブログへの復活を願ったからである。
 
 武蔵府中への帰り道、深大寺にも寄ってくることができた。
 私にとっては今日の出来事は大きな一歩だった。
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2013年7月13日(土)
 
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 太陽が眩しかった
 海も…空も蒼く溶け合っていた
 寄せては返す波は歌っていた
 
 波打ち際に続く砂浜がキラキラ光っていた
 
 海のない郷里に生まれ育ったボクが初めて見た海
 
 
 五才か六才の頃?
 戦争前だったのか戦争に入った次の夏だったのか?
 わからない
 
 誰と行ったのかも覚えていない
 確か麻布の叔母さんと
三つ年下の従兄弟が一緒だったような
 
何もかもおぼろな断片が散らばり
それを繋ぎ合わせているイメージ 2
 
波が引いた後には無数の穴が開いている
その穴に無数の蟹が出入りしている
そばに寄ると蟹は穴に逃げ込む
ちょっと離れると蟹はまた姿を現す
 
ボクはほとんどの時間蟹を追いかけていた
 
あの海はどこだったのだろうか
誰かに確かめておけばよかった
 
七十余年も前の頼りない記憶
 気が付けばもう確かめる人がいない
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 あの日あの時の
 
 海と空の広がり
 波の音
 砂浜の輝き
 素早い蟹の群れ
 一緒にいたのは誰れ?
 
 確かめる人がいない
 
 ボクにとって珠玉のような夏の思い出
 泣きたいほど懐かしい
2013年6月29日(土)
 
 晩酌用の焼酎、「黒霧島」の残量が気になった。
 容器は1.8ℓ入りの箱型である。
 箱型は、少々雑に扱っても割れる心配がなくてよろしいのだが、残量が見えないという難点がある。
 
 ならば、ビンにすれば良さそうだが、購入に際し、ミニバイクを利用する私にとって、やはり箱が安心だ。永年、箱型で通している。
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 どういうものか、私は酒に関してはまとめ買いはしない。理由は自分でもはっきりしない。蒸発を恐れるなどという幼稚な発想はない。ただただ、残り少なくなると、こまめに補充している。我ながら不可解な性格である。
 
 話を冒頭の残量のことに戻す…
 
 ず~っと以前、本でこんなエピソードを読んだ記憶がある。
 
「ボトルに半分だけウイスキーが入っている。それを見て『しめた!まだ半分あるぞ』あるいは『ああ、もう半分しか残っていない』と思うのはそれぞれの性格、それぞれの人生…云々…」
 「前者の『しめた!』と喜ぶ人は楽観主義者、物事をよいほうへ、よいほうへと考える、希望的に眺める人だ。逆に『ああ!』と落胆する人は悲観主義者、彼は物事を否定的に捉える、悪いことをすぐ予測してしまう…」
 
 大体がそんな意味だったと思う。著者は忘れてしまったがショート・ショートの名士の作品だった気がする。
 
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 ウイスキーと焼酎の違いはあるが、この命題に直面して私はどっちであろうかと考え込んでしまった。
 かなり馬齢を重ねた私、今までの生き方や職歴にも関係があるような気もしてきた。
 
 そして、結イメージ 3論から申せば、私は後者、悲観主義者に分類される人間だと思った。心当たりは充分ある。
 
 焼酎が半分くらいしか残ってなさそうだと確認すると、もう心配で次の日には行きつけのスーパーへ駆けつけるのである。
 何をくだらないことで、オタオタしているのかと失笑されるかもしれないが、これもまた一つのこだわりだと思う。
 
 でも、考えたら、せめて、二、三箱はまとめ買いしておいたほうがよろしいかも……私って小心者なのか?ケチなのかな?一般的にはどうなの?
 
 残量がはっきり分かるように、ビンのほうがいいかな?