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Ⓓ『鹿鳴(ろくめい)』
=『鹿(しか)鳴(な)き」
〔白岸亭(はくがんてい)に過(よぎ)る詩(し)〕より
ⓑ謝霊運(しゃれいうん)の詩
(385年~433年,49歳没)
『㋦「呦呦」食苹鹿』
=『㋦「呦呦(ゆうゆう)たり苹(へい)を食(は)む鹿(しか)』
=『Ⓓ「鹿鳴(ろくめい)」の詩人が、
客を迎えて竹の箱にぬさを入れ
音楽を奏(そう)してすすめたのを
嬉(うれ)しく思う。』
〔詩経〕<鹿鳴(ろくめい)の什(じゅう)>
Ⓓ『鹿鳴(ろくめい)』
{『㋑「呦呦」Ⓓ「鹿鳴」、㋺食野之苹。
㋩我有嘉賓、㋥鼓瑟吹笙。
吹笙鼓㋭簧、承筐是將。
㋬人之好我、㋣示我周行。』}
{『㋑呦呦Ⓓ「鹿鳴」、食野之㋠蒿。
我有嘉賓、㋷德音孔昭。
㋦視民不恌、㋸君子是則是傚。
㋾我有旨酒、㋻嘉賓式燕以敖。』}
{『㋑呦呦Ⓓ「鹿鳴」、食野之㋕芩。
我有嘉賓、鼓瑟鼓琴。
鼓瑟鼓琴、㋵和樂且湛。
我有旨酒、㋟以燕樂嘉賓之心。』}
Ⓓ『鹿鳴(ろくめい)』
{『㋑「呦呦(ゆうゆう)」とⒹ「鹿(しか)鳴(な)き」、
野(や)の苹(へい)を食(は)む。
我(われ)に嘉賓(かひん)有(あ)り、
瑟(しつ)を鼓(ひ)き笙(しょう)を吹かん。
笙(しょう)を吹き簧(こう)を鼓(ひ)き、
筐(きょう)を承(ささ)げて是(ここ)に將(すす)む。
人(ひと)の我(われ)を好(よみ)し、
我(われ)に周行(しゅうこう)を示(しめ)せ。』}
{『㋑「呦呦(ゆうゆう)」とⒹ「鹿鳴き」、
野(や)の蒿(こう)を食む。
我に嘉賓(かひん)有(あ)り、
徳音(とくいん)孔(はなはだ)昭(あき)らかなり。
民(たみ)に視(しめ)すに恌(うす)からざるは、
君子(くんし)是(こ)れ則(のっと)り是れ傚(なら)へばなり。
我(われ)に旨酒(ししゅ)有(あ)り、
嘉賓(かひん)よ式(もっ)て燕(えん)し以(もっ)て敖(あそ)べ。』}
{『㋑「呦呦」とⒹ「鹿(しか)鳴(な)き」、
野(や)の芩(きん)を食(は)む。
我に嘉賓(かひん)有(あ)り、
瑟(しつ)を鼓(ひ)き琴(きん)を鼓(ひ)かん。
瑟(しつ)を鼓(ひ)き琴(きん)を鼓(ひ)き、
和楽(わらく)し且(か)つ湛(たの)しましめん。
我(われ)に旨酒(ししゅ)有(あ)り、
以(もっ)て嘉賓(かひん)の心(こころ)を燕楽(えんらく)せしめん。』}
Ⓓ『鹿鳴(ろくめい)』
{『㋑「ゆうゆう」と(祖霊の使者の)Ⓓ「鹿が鳴き」、
野(や)の苹(へい)を食(は)む。
我がもとに降りしは祖先の御霊(みたま)、
いざ瑟(しつ)を弾(ひ)き笙(しょう)を吹こうぞ。
笙を吹き簧(こう・「振り太鼓」のごときもの。)を弾いて、
かごの御供え棒(ささ)げ祀(まつ)らん。
我をめで、我に正しき道を示し給(たま)え。』}
{『㋑「ゆうゆう」と(祖霊の使者の)Ⓓ「鹿が鳴き」、
野の蒿(こう・「よもぎ」の総称)を食(は)む。
我がもとに降りしは祖先の御霊、
その誉(はま)れもいと明(あき)らけき。
民(たみ)への教えのいと厚きは、
天の下(くだ)された道に倣(なら)えばこそ。
このうま酒で、祖霊よ宴(えん=「燕(えん)」)し遊び給(たま)え。』}
{『㋑「ゆうゆう」と(祖霊の使者の)Ⓓ「鹿が鳴き」、
野の芩(きん・「郷名ヒジワ」)を食(は)む。
我がもとに降りしは祖先の御霊、
いざ瑟(しつ)を弾き琴(きん)を弾(ひ)こうぞ。
瑟(しつ)を弾(ひ)き琴(きん)を弾(ひ)いて、
祖霊の御霊を楽しましめん。
このうま酒で祖先の御霊を安(やす)んぜしめん。』}
<新釈漢文大系>より
〔白岸亭に過(よぎ)る詩(し)〕
{『衣を払って立ち上がり砂礫(されき)の垣に沿(そ)って、
緩(ゆる)やかに歩いて草葺(くさぶき)屋根(やね)の
わが家に入る。
Ⓐ『近くの谷川は混み合った石の間にしたたり落ち、
遠くの山はまばらな木の間からほの見えている。
Ⓑ「山にみなぎるぼんやりとした薄みどりのもや」は
強(し)いて形容し難(がた)く、
谷川に魚釣(つ)る人はのどかな気分で
歌曲を口にし昜(やす)くなる。』
かずらの蔓(つる)を引いて草青い春の崖に立ってこれを聴(き)けば、
春らしい気持ちが自然に相ついで起こる。
Ⓒ絶(た)えず行(ゆ)き交(か)っては栩(く=「くぬぎ」)の枝にとまる
黄鳥(こうちょう=「うぐいす」)や、
Ⓓ鳴きかわしながらよもぎを食っている鹿(しか)が見える。
私はかのⒸ『黄鳥(こうちょう)』を詠(よ)んだ人の
多くの(あ)殉死者(じゅんししゃ)に対する
哀(かな)しみを傷(いた)ましく思い、
(Ⓓ,(い)) 『鹿鳴(ろくめい)』の詩人が、
客を迎えて竹の箱に(う)ぬさを入れ
音楽を奏(そう)してすすめたのを嬉(うれ)しく思う。
繁栄(はんえい)と衰微(すいび)とは
代(か)わるがわる去っては来て、
困窮(こんきゅう)と出世とが人の心を
喜(よろこ)ばせ悲(かな)しませる。
そのような世の中の(え)名利(みょうり)に
(お)一喜一憂(いっきいちゆう)するよりは、
常に心はさらりとこだわらず、
万事につねに素朴な人間の本性を
抱(いだ)き守るのにこしたことはないのである。』}