こんにちは。
妹に、勧められて、ブログを書くことに
しました。よろしくお願いします。
私は介護の仕事をして36年で、今年
、退職となります。
同僚に背中を押してもらい、58歳の、
時、介護福祉士を、受験。合格。
次の年、ケアマネの試験、受験。
1点で泣く。次の年、又、再度、挑戦。
見事に落ちる。あれほど、勉強したのに
落とすか? 悔しかったね。
よくよく、考えたら、私は、介護の仕事が向いてたかもしれない。1度も辞めたいと思ったことはなかった。
まあ、生活していかなければならないしね。
そして、後半は、父親の介護が始まりました。
硬膜下血腫、結核で隔離病院での入院で
認知症が、進みました。
物がない、娘に取られた。
1番、近くにいるのが、悪いんです。
警察に、車で行き、貯金通帳がなくなった。多分、娘が、取ったと思う。
逮捕してくれ。
なんど職場に電話があったことでしょう。
そのたびに、駆けつけ、頭を下げ、帰って来ました。
鍵を隠すのだけど、合鍵を探してくる。
銀行からも、電話があり、お父さんが、
印鑑がない、通帳がない。と来店してます。とのことで駆けつけて、頭を下げて来ました。銀行に車検証を忘れてきて、
銀行員の方が、自宅に届けてくれました。
又、自宅に警察を呼び、物が、無くなった。何だか忘れた。それを探して欲しい。
呆れて、声も出なかった。
リハビリパンツは、もったいないと干しておくし、隠すし。回収して、いたちごっこの繰り返し。
ガス台に、炊飯器を上げ、火をつけ、その上から水をかけた様子。ガス会社から、
連絡があり駆けつけると、水浸しになっていました。
考えてみればいろんなことがありました。
あまり、思い出が、多すぎて、思いだせない。
ありがとうの一言も言えない、昭和、一桁生まれのがんこ親父です。
けれど、帰り際、気をつけて帰えれよ。
と言ってた。あれが、ありがとうの言葉だろう。
認知症が、どんどん、進んでくると、
もう、怒ることはなくなった。
もう、同じ、目線では話せません。
施設の利用者と思うことにしました。
仕方ないことです。
老いるということは、こういうことです。
諦めなければならないこと、捨てていかなければならないこと、出来なくなること。
仕方ないことでです。
痩せほそり、認知症になった父親の後ろ姿を見て、この人にも、生きてきた歴史が
あるんだ。
この世に生んでくれて、ありがとうと
手を合わせました。涙がとまらなかった。
その父親も、去年、亡くなりました。
配食、デイサービス、介護休暇、
年次有給休暇を利用しながら、父親の介護をさせて頂きました。
職場の皆さんには大変、感謝しております。
私の夢は、要支援1.2. 介護度1の方々が
利用できる施設が作りたい。
そこで父親を介護してあげたかった。
んだば まだ