先日、結婚記念日を迎えましたニコニコ


婚姻届を出した日に、夫と風月 のお好み焼きを食べたことを思い出して、

仕事帰りにお好み焼きを買って、息子と夜ごはんに食べました照れ


それ以外特別なことをしたわけではないけれど、寝る前に息子を抱っこしながら仏壇の前で


「3人ずっと一緒だよ」


そう言ったら、自分で感動して?泣きそうになりました笑い泣き



最近、改めて何かを綴りたいという出来事はなかったのですが、

ひとつ、漠然と考えていることがありました。


夫の死を経験してから、

もし今後、誰かが亡くなったとき、

私は泣くのだろうかと。


出会ってからずっと一番近くにいてくれた人が亡くなった。

あれ以上ないと思えるほどの悲しみを喰らいました。


でも、息子がそばにいてくれたから、

私は夫の死を乗り越えることができたニコニコ


そして今は、

生死に囚われずに繋がっている、

そばにいてくれている、

とも思えるようになりました爆笑


だからなのか、

もし誰かが亡くなったとしても、

「悲しい」という感情はあまり湧かない気がしています。


でも「寂しい」という感覚はちゃんとある。


2つの言葉の意味を調べてみました。


悲しい…喪失感、胸が締め付けられるような痛み。

身体反応 → 泣く。


寂しい…孤独、物足りなさ、心細さ。

身体反応 → 静かに心が沈む。


私は、

死=悲しい、ではなくなったのかもしれない。

だから泣かないかもしれない。


でも、寂しさは痛いほど感じる。


悲しみよりも、

寂しさ。


それが今の私の本音なのかもしれません。


でもそんな私でも誰かの悲しい話を見聞きすると感情移入してか普通にめっちゃ泣きます。笑


矛盾してるけど笑い泣き