スピリチュアルカウンセラー☆聖龍のBlog


さてさて♪
今日のお題は♪
『許し』について。。。
『許し』なんて言うと何だか堅苦しいですが、僕を含め皆さんも日々何気なく行っている珍しくもなんともない行いなんです。
例えば会社や学校までの道すがら他人と思いのほか強く肩が打つかったとします。
『あ。。。失礼。。。』とか『すいません!』とか『痛!大丈夫ですか?』などなど。。。
そういった何気ない一言も十分『許し』なのです。
世の中にはクダラナイ悪意が渦巻いています。
どうでもいい口論や中傷、はたまた足の引っぱりやい。。。(笑)
学校でも会社内でも....そこいら中にあります。
『報復の連鎖』や『果てしない恨み』。。。
一度でもこの苦しみに足を踏み入れてしまったら....中々容易に抜け出せるものではありません。
今、世の中で旬の『押尾さんネタ、ノリピーネタ』と同じ。。。
はなから手を出さなければ何の問題も無かったのです。

今日からトライしてみませんか!?

先ずは...あなたの近くにいる誰かを『許し』てあげましょう。。。


久しぶりの更新だ~☆



好き好んで悲しみを招く人はいない。

けれども悲しみは人間を謙虚にさせ、協調的な人間関係をつくる。

意見の合わない人や自分を傷つけた人に対しては、批判や非難で応酬したくなるが。。

大きな悲しみを味わった経験のある人は、そんなことはしない。

非難する代わりに『神よ、我らを哀れみたまえ』という。

僕は、こういった種類の人の前ではその気高さを直感せずにはいられない。

悲しみは魂にとっての薬なんだ!

悲しみを知らないために魂の存在にまったく気付いてない人も多い。

悲しみの洗礼を受けずにいたら、いまだに人間も知能の低い動物達と変わるところがなかったかもしれない。

肉体だけの存在と精神的な可能性との間に立ちはだかる障壁を、悲しみが打ち倒すのだ!

悲しみは古い習慣を打ち壊して、新しい、より良い習慣をその代わりとする!

悲しみは自己満足の奴隷にならないようにする大いなる自然の計画に違いない!

僕は...一度だけ大きな悲しみを味わい、そのお陰で僕自身の魂へ通じる道を見いだした。。。



僕は施しを受けたくはない!

僕は『自由』を、どんなものとも引き替えにしたくない!

また、他人の奴隷にもならない!

脅しにも屈しない!!!

自分で考え、行動し、堂々と天地に顔を向け、

この世に生まれて来た事の恩恵を享受したい!!!

僕自身の心を自由に支配し、自分の選んだ志に進むというその特権は....

神でさえ奪う事は出来ない.....。



スピリチュアルカウンセラー☆聖龍のBlog


カート.ヴォネガットの『 スローターハウス 5 』の中に、こんな言葉があります。

<人生について知るべき事は、全てフョードル.ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の中にある....。だけどもう、それだけじゃ足りないんだ。>

より良く生きるとはどういう事なのかについて考えるのに、『カラマーゾフの兄弟』ほど相応しい本はない....。

そして、『だけどもう、それだけじゃ足りないんだ』と嘆くほど素朴さを失ってしまった、今という時代や我が身を省みるのに、これほど有効な小説もないと思います。。

あまりにも有名な『大審問官』と呼ばれる場面で、イワンはアレクセイにこんな問いかけをします。

<虐待を受け死んでいく子供達にとって信仰がなにほどの救いになるのか。人間は本当に『パンのみに生きるにあらず』なのか、パンだけを追い求めているのではないか。>

このくだりひとつ取っただけでも、『カラマーゾフの兄弟』が現代の狂いつつある日本においても大変切実な問題を取り上げた小説だという事が見えてくるのは僕だけでしょうか....。


殺人事件を軸にしたミステリーやリーガル.サスペンスとしての読み応えも備わってるし、まだ読んでない方どうですか!?(笑)