2011年3月16日 ---リビング
ふと、つぶやいた

「しかし、どうもならないよね、横浜はどうなるんだろうか・・・」

「PEGASUS、お前だけでも疎開しろ」

急に父が言った言葉、その一言からはじまった・・・。

この「放射能逃亡日誌」の始まりである。

3月11日、東日本大震災がおき、その影響で福島原発が水素爆発、炉心溶融放により射能が漏れていた。

北北東の風が吹き、放射能がこちら関東にむかっていることがわかった
このとき、午前5:30頃横須賀市に放射能を検出

「身体、健康ともに影響なし」

政府はそういっていたが、父は信じられなかった。

父は、この放射能のせいで私が癌になっては困るということで、私を疎開させたのである。

「お前は、いわゆる一族の代表だ、何があっても生き抜いて見せろ」

その言葉を肝に銘じ、母の友人の家にお世話になることになりました。

---14:00 JR 大垣駅

場所は変わって、岐阜県大垣市

この駅で待ち合わせ・・・。

こういったことは初めてなので緊張する・・・。
などと思っていたところ、「こんにちは・・・」お洒落なご婦人が話しかけてきた・・・。

挨拶を返し、きっとこの人が母の友人なのだろうと悟りました。

「これから、お世話になるPEGASUSです、よろしくお願いします」

---それから、まるで一度あったかのように話してくれまして、いっきに緊張が吹っ飛びました

私はこれから、しばらくここ岐阜県で、母の友人宅で出来る限りのことをするとともに、生き抜いてみようと思います。

続編に続く

P.S

今は、この家の専属WEBデザイナーです。