ここで人生の最大の転換期が訪れた!

「人生の最大転換期」とは何か?
そうそれは結婚である!(異論は有ろうが昭和はそうだったかも?)
 ガリガリでちんちくりん、小学校の時にはクラスの友達ほぼ全員から「女の子」と言われ(いじめではない)、超神経質で不登校、対人恐怖で一人で洋服を買いに行くことすら出来なかった男が結婚である!
はたから見てもこれは大変なことだと思う
なぜそういう事になったのか
 「そうだ!何でそんな経歴の奴が結婚出来るのか!」と、お叱りの声が聞こえてきそうでちょっと怖い、お叱りはごもっともである。
 2020年の国勢調査、50歳時の生涯未婚率は男性が約28.3%のこの国である(事情はそれぞれ色々ある様ですが)
 そもそもの出会いは大学の通信教育の勉強会で、たまたま大きな記念総会があり、たまたま2人が男女の実行委員長になった。それは数十人の役員を束ね数百人を集める記念総会で、当然何度も集まっては「どうしたら皆が来てくれるか、喜んでくれるか」等々の白熱の議論が展開され、会場はほぼ私の実家だったが、若かった私達は泊まり込んでまで議論した。
 そんなこんなで、いやでも親しくはなっていっき、宗教二世という土壌も同じで、とにかく元気で明るくて悪く言えば八方美人、男女ともに誰からも好かれる子で、私は直ぐに気に入ってしまった。
 がしかし、年下で、コンサートスタッフのアルバイト時代の予期せぬトラブル(ブログタイトル「遅すぎた春」15.を参照の事)も有り、その時には嫌でもちょっと奥手になっていた。
 それでも総会が無事に大成功に終わり、私と妻はその地域(在籍者300名)の自治会代表になった。そして、勉強会の開催やら後輩のサポートやらで益々関係は親密になっていった。
 さらには、総会に応援に来てくれた同窓生の方からの紹介で前述のように何と法律事務所の事務職員に正規採用されることになったのである。
 色々な事が一度に起こり私からすれば良い意味で信じられないくらい評価され承認欲求の満たされた時だった。
「それを逃すまい!」と思った訳では無いのだが、その頃には自然とデートを重ねるようになり、ちょっとした彼女の家庭の事情も相まって、彼女が実家の私の部屋に泊り込み、そこから仕事に通う様になり、
その頃には自然と「婚約」という話しになった。人生とは本当に分からないものだと思う。