私のプライバシーもあるから全部は真実ではないけど、私が通っていた作業所が凄まじかった。
そこは創価学会系で在日系の団体だった。
でも親が信頼する主治医の紹介だったし、そこが創価なのは知っていたけど、特に勧誘することもなかったので、いい施設だと思っていた。
最後の長期入院から退院し、大学も中退した失意の私に主治医がそこを紹介した。
仮にラテとする。
ラテは就労支援Bと生活支援をやっていたが、作業は切手のより訳くらいのもので、障害者が集まって適当にのほほんとしているといった様子だった。
私は一年ほどそこに通っていたのだが、ある専門学校に入学して、毎日は行かなくなった。
しかし、社会経験など全くなく、勉強の点数のみで入学した私に手先の器用さや起点などを求められるその専門学校は荷が重く、一年が終わる前に、教官のいじめにより退学した。
大学中退の上に専門学校中退、そして職歴ナッシングで失意の私は、私が専門に通いだしたすぐあとにラテが新たに近所の観光地に就労支援B型のレストランを展開し、そこで作業をすれば時給200円出すということをラテにいた友達にきいた。
もはや生きる気力もなかった私は時給200円でも小遣いくらいにはと思い、ラテに通うことにした。
ラテに行った最初の日にあったスタッフがユズさんとキャリーさんだ。
ユズさんは申請なんかをとおすのが上手で生活力のない彼らのために生活保護などを通していた。キャリーさんは福祉の仕事ははじめてだが、いままで様々な仕事をこなしてきていかにもきちんとしか感じの良い人だった。
躁病という病気を背負っている私はいちどエンジンがかかると壊れるまで回転する。
だから、最初の話し合いでシフトを決める時も、
「週6できます!朝から来て時間ギリギリまで残ります!」
と息巻いて、二人にとめられたっけ?
「そんなに働いたら疲れてもたなくなる。週5で三時上がりでどう?」
との提案を渋々飲んだ。
しかし、負けん気が強いので
「私を甘やかさないでください!普通のバイト並に叱り飛ばしてくださいね!」
というのは忘れなかった。
