成蹊大学陸上競技部で長距離をやっていました。法学部政治学科の石橋昂生です。文章書くのが下手なのでまとまりがないし感情的で思い込みが強い文章になっているかもしれません。後提出ギリギリの夜に書いているので色々変かもしれません。温かい目で読んでいただきたいです。




私がこの大学の陸上競技部に入部した理由は「高校時代に痩せたくて走っているうちに走るのが好きになっていったから」、「サークルの雰囲気が合わなくて部活なら志が高い人達と物事に取り組めるのではないかと思ったから」などをよくなぜ入部したかを聞かれた際に答えていました。もちろんこれらの理由はあるのですが、実はもう1つあります。その理由は自分の3つ下のいとこが高校でホッケー部に入り、その部活で一生懸命、楽しんで競技を行っている姿をみて「かっこいいな、青春してるな」と思ったからです。私自身、小学校でサッカーをやっていてあまり上達せず「自分は運動向いてないんだな、これからは緩くできる部活に入ろう」とどちらかと言うとマイナスな考えで中学、高校の部活を選んでいました。そんな考えで選んだ部活なので、特にふざけていたわけではないですがこれといった結果は出せずなんとなくで終わりました。大学に入り勿論「運動部に入る」という選択肢は眼中になく、何種類かのサークルに入ったのですが、場の雰囲気だったり、飲み会にだけ参加する人がいたりして自分には合わないなと思いました(そういう人達を悪く言うつもりはないです)。そうしてサークルを辞めようかなと考えていた時にいとこが楽しそうにホッケーの事を語っている姿であったり、合宿や試合で遠征に行ってヘトヘトになって帰ってきてる姿をみると「そんな姿勢で課外活動やった事無いな、これで学生終わっていいのかな」と時々思うようになりました。その事を私が走るのが好きだと知っている親に話すと「成蹊の陸上部、体験行ってみたら?スポーツ推薦とってないみたいだし、東金(私の地元)で合宿もしてたよ」と言われました。
最初は「自分は運動できない方だし大学生で部活に入ってる人とか絶対速いじゃん」、「人見知りなのに2年から部活に入って人間関係は上手くやっていけるのか」と思っていたのですが、サークルは辞めたかったし先ほどの理由もあり、勇気を出して連絡をしてみました。体験に行ってみると部員の方々が暖かく迎えてくれて、入部することになりました。これがきっかけです。



次に競技生活を振り返ってみようと思います。
全部書こうとすると長すぎてしまうので印象に残っているものを書きます。2年生で印象に残っているのは5000mで17分を切れた事と箱根予選会の観戦です。5000mのタイムは確か11月くらいの国士舘で出しました。体力が無さすぎてポイント練がまともにこなせなかったので入部からとにかくジョグを少しずつ行っていってようやく小さな結果が見えた時でした。夏合宿や普段の練習などで同期や先輩方と違うメニューを行なっている中で「この人達と同じ練習ができる日が来るのか」と思う事もありましたが、この結果をみて達成感を感じて陸上競技自体を好きになるきっかけになりました。
箱根予選会では本番前に同期や先輩方がポイント練をこなしている姿や本番に学校の名前を背負って戦っている姿に只々尊敬していました。特に同期のはじめとはるきが本番のスタート前、立川駐屯地でアップしている所を見た時は凄かったです。当日同期のふみやと「2人マジでかっこいいよね!」と話したのを覚えています。レース中も動画を撮ったりしていたのですが、これをみて「自分も絶対走ってやろう」と思いましたし、練習をする原動力になりました。
3年生は5000mで19分台を出した事とみんなで出た10000mの記録会です。3年生では脚に異変があっても周りが走っていると休むことができず無理をしたり、ランニングフォームがグチャグチャで怪我をする事が多かったです。夏前にも怪我をして合宿も全然練習ができませんでした。それに加えてプライベートな事で練習態度が悪かった事もあり、夏先の対抗戦で19分台を出し、同じブロックのはるきに暗に叱られ、同期の幹部達にも叱られました。自分が悪いのですが、競技人生であの時が色んな意味で1番辛かったです。そこから1ヶ月間、本気で申し訳ない事をしたと思ってジョグをしました。はじめて月間270kmくらい走ったと思います。そしたら2年次の10000mのPBより2分くらい更新して34分30秒弱くらいまでいきました。嬉しかったは嬉しかったのですが、標準は切れるか切れないかですし、この年は予選会に行けていないのでやっぱり申し訳ない気持ちは消えませんでした。この辺りからより予選会を意識するようになり、怪我をしながらではありますが、月間走行距離300kmを目標にしたり、予選会とほぼ同じコースの立川ハーフマラソンに出場する事を決めました。
4年生は箱根予選会の標準を切った事と学年として引退した後も競技を続けた事です。4年生の時が1番楽しかったと思います。先ほどの3年生の話と繋がりますが、年が明けて走行距離、ハーフマラソンを意識した練習がこなせてきており、着実に自信をつけていきました。そこで暑くなる前に決めてしまいたいと思い、少し気まずい所も無いわけではないですが、はるきに引っ張りをお願いし、記録会に出ました。レースははるきの引っ張りや声掛け、他大学の選手のおかげもありギリギリで標準を切る事ができました。1番印象に残っていて嬉しかったレースです。これがあったから19分台を出した事をネタにできているし、はるきと笑って話せているんだと思います。先輩や後輩、同期からも沢山のお祝いメッセージを頂いて本当にこの競技をやっていて良かったと思えました。そこからまたモチベーションが上がり、もっと上の記録を狙いたい、予選会に出たい、先輩方にしてもらった引っ張りを今度は自分がやらなきゃいけないと思い、引退せず競技を続けることにしました。4年生になると旅行に行き出す人が増え、羨ましいなと思う事もありました。しかし、私は自己最速を狙って走る事も今しかできない事だし、それは旅行に行っていては自分ではできないと思ったので競技に振り切ることにしました。そこで私は就活も前期の授業も終わり際の7月くらいから毎月300km走ろうと決め、12月までやり抜きました。あんまり凄いことではないかもしれませんが、私は物事が続かない人間なのでやれて良かったなと思っています。引っ張りの10000mは全然走れず迷惑をかけたのですが、個人の結果については自分がやっている1500m,5000m,10000mの全てでPBを出せました。これは絶対に自分だけではできませんでした。卒業した後も気にかけてくれる先輩方や一緒に練習をしてくれる同期、おじさん4年生を嫌な顔せず迎えてくれる後輩達が支えてくれたから達成できました。特に5000mや10000mは12月に出したばかりの記録なので引退せず続けていて良かったなと思いましたし、自分が入るきっかけになっていたいとこの競技に没頭する姿に少しでも近づけたのかなと思います。
以上が印象に残っている事です。




とてつもなく長くなってしまったのでまとめをして締めたいと思います。
入部して嬉しかった事、悔しかった事、上手く行った事、行かなかった事、沢山の事がありましたが競技を終えて思うのは間違いなく「陸上競技部に入って良かった」という事です。まだまだ嫌な事があると逃げてしまう癖はあるのですが、ちょっとでもそれに立ち向かう気持ちが芽生えたり、入部前よりかは明るく行動的になれた気がします(全然そうなってなかったらごめんなさい)。後競技歴が浅い私が言う事ではないかもしれませんが、競技をやっていて強くなる近道はなるべく怪我をせずとにかく継続して練習する事だなと感じました。3年生で怪我ばかりしていた時よりも怪我をほとんどしていない4年生の時の方が伸びた気がします。これは長距離種目で顕著だと思いますが、どの種目でも言えると思います。凄く当たり前の事かもしれませんが、今一度意識してみてください!皆さんのご活躍をお祈りしております!今までお世話になりました!
石橋昂生