ハリネズミのジレンマという言葉を聞いた。
誰かといたいと思っても、
相手を遠ざけてしまう。
知らぬ間に相手を傷付けている。
いつか運命という針は、抜けるのだろうか?
ハリネズミのジレンマという言葉を聞いた。
誰かといたいと思っても、
相手を遠ざけてしまう。
知らぬ間に相手を傷付けている。
いつか運命という針は、抜けるのだろうか?
最近、フェイスブックで昔の仲間の近況を知る機会が増えた。
みんな立派で家族もあり、それなりの人生を歩んでいる。
もちろん、裏ではいろいろな苦労もあるだろう。
そんなことは、十分に分っているが劣等感に悩む自分がいる。
なぜ皆には、家族や愛してくれる人がいるのか?
私には、とうてい手に入らなかったものばかりが目に映る。
人には、定めがあるという。
その代わりに私が手に入れたものは、何だろう?
また、運の総量が同じなら何に使われたのか?
残された人生でゆっくり探して行こう。
石川啄木がこんな歌を詠んでいる。
● 友がみな我よりえらく見ゆる日よ花を買い来て妻としたしむ。
独りの私には、それすら与えられない。
無から生まれたものは、
やがて無に帰するという。
家族や友人、財産、若さ
全てがその対象だ。
人の幸せを羨む自分が居るが、
いつかは、無に帰する定めを知れば
心が少し軽くなる。
私は、本当にひねくれ者だ。
最近、世の中がとんでもない方向へ
向かっている気がしてならない。
言いようのない胸騒ぎと
悪い予感、、、、、、、、、、、、、、、、
それは、誰もが気付いているが
どうしようもない時代の流れなのか?
きっと、
今のような、自由や飽食の時代は、
もうすぐ、終わるのだろう。
こんな時代に生を受けた自分は、
よほど罪深い前世だったのだろうか?
それとも、歴史の転換期を体験できる
選ばれた者なのだろうか?
神のみぞ知ることであるが、
独り思いに耽る自分が居る。