かなり昔の話。
不眠を治そうと入院して、
翌日に身体拘束をされたことがある。
理由はバカらしいもの。
寝付けないためにベットで寝返りを打つと
向かいの女性が声をかけてきた。
トイレ?トイレ?
と聞いてきた。
ギシギシうるさくしてすみません、とお詫びして布団をかぶる。
その後 女性は部屋の出入りが多くて、こっちも寝付けない。
今度はベットに近付いてきて声をかけられる。
「トイレ?」と再度聞かれ
いえ トイレじゃないですと答えると
「トイレ 一緒に行く?」
まったく意味がわからないので無視して布団をかぶる。
女性が出ていき、
夜勤のスタッフがきて私が注意を受ける。
私が周りを起こしているんだと叱られた。
んなアホな。
なんで?
なんでなんでってうるさい。大人しくしてろよ。
とスタッフが去って行った。
しばらくして
ウトウトしていたら
再度スタッフが現れて懐中電灯で顔を照らされて目が覚める。
そして再度注意される。
良い加減にしろよ!
いくら眠れないからって、人の髪を引っ張るなんて!
なにその妄想
朝 主治医に呼ばれてナース室へ行く。
あなたは夜中に髪を引っ張るなどを繰り返したので保護室に入ってもらいますから
と告げられ
びっくりしたけど
考えてみたら
私側の意見などどうでもいいんだろうと
どうするもなにも、自分には権限はないのだが
私じゃないですと告げると
わかりました。じゃ、これから入ってもらいますんでと案内される。
スタッフが加わって、粛々と身体拘束。
え?
え?
両手 両足 胴体部分を拘束
ちなみに
退院後の書類には、私が同室患者などに迷惑行為をした後、抵抗をし暴力行為があったため身体を拘束し、30日保護室で特別なケアを受けたとの内容になってた。
食事の時には拘束帯を解かれる。
床で食べる。
部屋にトイレがむき出しになっているが
拘束の間 粗相がないようにとオムツをつけられる。
今日は何日なのか
時間は夕方なのか
朝方なのか
これはいつまで続くのか
長いこと拘束が続いてお風呂にも入れない。
入浴ができないのなら
体を拭きたいと訴えて
食後にくれるおしぼりで体を拭く。
生理になった時は悲惨だった。
代えられない。
拘束を解かれている間に排泄するようにした。
2週間以上が経過して主治医現る。
反省したのかと聞かれ
はいと答える。
昼食後だけ 病棟に混ぜてもらう事になった。
光が眩しい。
女性達が眉をひそめてコソコソ。
それでも保護室よりは空気が流れてる
やがてスタッフが来て保護室に戻る事が、毎日続いた。
忘れた頃に主治医現る。
病棟に戻れそう?
やっていけそうか?
と聞かれて、そうですね。と答える。
そうして
腕は外してくれたが、
胴体と足はそのままになって
食事して排泄するだけ
喉の渇きを我慢する。
オムツには排泄出来ないから。
オムツに排泄がないために
気にしないでオムツにしていいんだよとスタッフに言われても、出来なかった。
天井
壁
ドア
トイレ
しばらくしてから胴体を解除してもらって、
数日後には片方の足だけの拘束になり
ベットを引きずりトイレに行った。
保護室のトイレの水はスタッフに頼んで流してもらうため、汚物はしばらくそのまま。
スタッフは呼んでも来てくれない。
匂いがするなか、食事が来たら食べる。
やがて身体拘束を解かれて、病棟に戻った。
あの女性と同じ部屋かと心配だったが、
もう彼女はいなかった。
長かった。
諦めるしかない場合には諦める。
でも生きることは
諦めない。
なんとかなる。
ちなみに
それをきっかけに眠剤を減らそうと決めた。
退院後 違うクリニックに相談して減薬していった。
やがて睡眠導入もなくなり、
認知療法も取り入れ
抗うつ剤 向精神薬なども減らし
栄養療法を勧められ
少しずつサプリメントとすり替える。
食事療法も試行錯誤しながら取り入れた。
精神科で処方される薬は卒業して
四年が過ぎた。
腹筋
背筋
踏み台昇降
スポーツジムで水泳
細かな記録をつけては振り返り
再燃を防いでいる。
生きれるまで生きてやるつもり。