(HSPの私と、リコーダーの苦痛)
私は、いわゆる「HSP(Highly Sensitive Person)」──
感覚が人よりも繊細で、刺激に敏感な気質を持っています。
日常生活でも、たとえば
- 金属音や、怒鳴り声、テレビの爆音
- 洗い物中の水道の音
- 相手がモゴモゴっと話すような不明瞭な声
こうした音がとても気になって、疲れてしまうことがあります。
聞こえていないのに、相手の顔色をうかがって「聞こえたふり」をしてしまうことも、よくありました。
だから正直、「自分は聴覚に異常があるのではないか…」と思っていた時期もあったんです。
🎼 それでも私は、音楽の先生でした
実は私は、中学校で22年間、音楽の授業を担当してきました。
不思議ですよね。
音に敏感な私が、“音”を扱う授業をしていたのです。
合唱やオーケストラのように、整った美しい音は大好きでした。
音がひとつに重なり、心が震えるような瞬間は、何度も味わってきました。
でも実は、ある時間がとても苦痛でした。
🌀 一番つらかったのは、リコーダーの練習時間
生徒が各自バラバラにリコーダーを吹く時間──
この時間が、ものすごくしんどかったのです。
私は教員として「練習する時間も大事」とわかっていながら、
心の中ではいつもこう思っていました。
「早く終わらないかな…」
「このガチャガチャした音、もう限界…」
不協和音が重なるようなバラバラの音。
それが、私の心にずっと突き刺さるように響いていました。
でも、そのあとみんなで一斉に吹く時間になると、不思議と気にならなくなりました。
整った音、調和のとれた音は、むしろ心地よく、安心できたのです。
👂 それって、HSPだったからなんだ
最近になってようやく気づきました。
この感覚のズレや苦痛は、「異常」ではなかった。
HSPの特性──つまり、「音に対する感覚が人一倍繊細だったから」なのです。
HSPは、秩序だった音、予測できる音、調和のある音には安心感を覚えます。
でも、バラバラな音、雑然とした音、重なりあう不協和音は、強いストレスになります。
私は、それを22年間、自分の中で抱えながら教壇に立っていたんですね。
🌱 それでも教えてこれたのは、心が音に動かされてきたから
苦しかったけど、私は音楽が好きでした。
特に合唱やオーケストラのように、「心がひとつになる音楽」に深く感動してきました。
繊細だからこそ、
- 生徒たちのハーモニーに涙したり、
- 自分の指揮に応えてくれる音に心が震えたり、
- 「音楽っていいな」と心の底から感じることができた。
これは、HSPだからこそ味わえた幸せな感覚だったのかもしれません。
🕊️ いま、自分に言ってあげたい言葉
「あのときの自分に、よくがんばってたねって言いたい」
「無理してたこと、ようやく気づいてあげられたね」
「もう少し自分を大事にしてもよかったね」
あの頃は、自分がHSPだなんて知らず、
ただ「しんどいなあ」と思いながらも、踏ん張っていました。
でも、いまならわかります。
あのしんどさには、ちゃんと理由があったのだと。
☕ 最後に
もしあなたも、
- 音に敏感で、日常生活で疲れてしまうことがある
- 音の世界に感動する自分と、苦しくなる自分の両方がいる
- 自分の感覚はおかしいのかもしれないと思ったことがある
そんな思いを抱えていたら、どうか安心してください。
それは「異常」ではありません。
あなたの感性が豊かだからこそ、感じ取っている世界なのです。
繊細な感覚は、あなたにしか見えない景色を見せてくれます。
それは、人生を深く味わう力にもなるのですから。
🌿 感覚が豊かで、生きづらさを感じているあなたへ
もし今、
「音や人の声に敏感すぎて、日常がしんどい」
「わかってもらえない孤独感がある」
「自分がおかしいのかと悩んでいる」
そんな思いを抱えているなら、
一度、あなたの繊細さについて、じっくり話してみませんか?
私は、教員として長年働く中で、自分のHSP気質と向き合い、
カウンセリングを通して“自分の感覚を肯定すること”の大切さに気づいてきました。
今は、その経験を活かして、
感受性の強さで悩む方に寄り添うカウンセリングを行っています。
📩 **オンライン・カウンセリング《輝き》**では
あなたの繊細さや生きづらさに丁寧に寄り添い、
少しずつ「自分を守る力」を育てていくお手伝いをしています。
