…うん、これは流石に簡単すぎる(汗
全問正解するだろ…
あー、でも歴史嫌いだと何処かまちがえるかもなあ
あるとしたら関ケ原は何処だ?くらいか
・織田信長は何処の領主だったか
・三英傑の徳川家康を例えた川柳、泣かぬなら〇〇〇ホトトギス
・関ケ原は現在の何県にあるか
・日本のお金の単位が「円」になったのはいつか
個人的にはどこも間違えそうにない気がするんだが
1.三英傑と言われる織田信長・豊臣秀吉・徳川家康は、現在の愛知県ゆかりの戦国大名
あの時代、愛知県は尾張と三河に分かれていた
信長とその家臣の秀吉は尾張、家康は三河の出
ここまでくればもう答えはわかるはず。そう「尾張国」が正解
2.この川柳は三英傑の性格をなぞられてつくられたもの。元々を作ったのは江戸時代後期、松浦静山
〇信長は…鳴かぬなら「殺してしまえ」ホトトギス(織田右府)
天下を取る為なら意にそぐわぬ者を斬った事からきている
〇秀吉は…鳴かぬなら「鳴かしてみせよう」ホトトギス(豊太閤)
元々は「鳴かずとも鳴かしてみようホトトギス」
秀吉は足軽(もしくは農民)の出で、出世する為・天下を取る為に色々と策を練り、あの手この手と何でもやったからきている
さて、そうなると徳川家康は何だったのか?
家康は幼少から大名の織田・今川に挟まれ人質生活
その後、信長の家来になり…信長の死後、秀吉が天下を取った後も配下に回って、自分によい流れが来るまで機が熟すまで待っていました。そう、待っていたんです
という事で…鳴かぬなら「鳴くまで待とう」ホトトギス(大権現)が正解
元々は、「鳴かぬなら鳴くまで待てよホトトギス」なんですが
ちなみに…松浦静山のやつはもう一人読んでたりする
「鳴け聞こう 我が領分の ホトトギス」(加藤清正)
加藤清正は領民の声に耳を傾け、農業や治水などインフラ整備に力を入れてた事もあって、領民から好かれていた人柄を指してたりします
3.関ケ原の戦いがあった関ケ原は現在の何処の県にあるか?
まず関ケ原の戦いを紐解こう
これは秀吉死亡後の豊臣家や家臣VS徳川家康の勢力争いと言っていい
その際、豊臣側を西軍・徳川側を東軍として戦が起きた。その場所が関ケ原
西と東で軍と割ってるのだから戦いはその中央でやってなきゃw
山口県だと西すぎるし、青森県だと東(北?)すぎる
残りは石川と岐阜の二択
石川だと東だろうが西だろうが山が多すぎて移動に死ぬわ(苦笑
って事で岐阜が正解
4.日本のお金の単位が「円」になったのはいつからか?
とりあえず…江戸時代は消そうな?
江戸時代は両(小判)、文や分だったからね?(真顔
そうなると残りの明治・大正・昭和の3択
じゃ、何故「円」が出来たのか?
それは幕末時代、海外との取引で外国の銀貨などが大量流入
江戸時代は上にあげた両・分・文・朱以外にも藩ごとに自分の藩で使える「藩札」もあって
明治初期にはそのせいでお金の制度がすげー混乱したんだ
そこで、全国で使えるように統一したお金の制度作りに着手し、明治時代に「円・銭・厘」にした。素早く統一できるように、1両→1円で交換してた模様
文は厘で交換されてたけど、天保通宝や寛永通宝などで価値が違うんで、1枚=1枚じゃなかった模様
ちなみに銭形平次で出てくるやつは寛永通宝の銅一文銭。1文で1厘で交換されてました
という事で、明治時代が正解
あと、何故単位が「円」になったか?
諸説あれど、新しいお金にする際に円状に統一したから「円」になったというのが有力
日本は楕円や四角の硬貨にたいし、海外では円型硬貨だったのでそれに合わせたというのもある
ま、とりあえず解説ネタをやってみた(ぇ

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