昨日、自転車屋さんに行った。それはラマダンを頑張ったご褒美として長女に自転車を買う約束をしていたからだ。近場の自転車屋が開いていたので皆んなで行った。自転車を選び終えサドルの位置など調整してもらうことにした。自転車止めが付いていなかったため、それもつけてもらうことにした。有料。私達は雇われお兄ちゃん達2人が作業しているのを側で座って見ていた。そしたら40歳くらいの女性が1人でぷらっとお店に入って来た。短パンにTシャツ姿。オーナーは何やら手で合図した。どうやらよく来るのであろう。合図と言うのは、私の言葉で言えば「お金はないよ、ごめん」と言う合図だ。インドネシアではよくある光景だ。お金を恵んで欲しい人が他人にお金を恵んでくれーと言う光景。交通量が多い道端に日傘を差し地面に座っている人。前には小銭を入れる入れ物が置かれてある。うちにもたまに来る。最近ではおばさん2人が門の隙間から「アッサラームアレイコム」と言うので行けば「お金ちょうだい」と。これはイスラムの教えでもある貧しい人や生活に困っている人への寄付が根付いているから成り立つのだ。しかし私は見も知らぬ人が突然うちを訪れてきて、そのように言われても正直言って困る。その人が本当に生活に困っているような切迫した感じであれば私もお金を渡す。しかし今までうちに来た人を見ていると、そんな感じでもない。貰えたらラッキーぐらいの感じがする。断ると、何事もなかったかのように、すっーと消えていく。話が逸れたが彼女は私達と同じようにじっとお兄ちゃん達の作業を見ている。その作業はなんだかんだで1時間近くかかった。その間ずっと彼女も側で見ていた。誰も彼女に帰るように促すわけでもなく、しかし話しかけるでもなく。彼女は無言。作業が終了し旦那が支払いを済まそうとすると私に言って来た。「お金ちょうだい」と。私は全くお金を持ち合わせていなかった。彼女はまだ帰らない。彼女は支払い中の旦那に目をやると、そっちの方へ寄って行った。しかし何か言うでもなく無言で側にいる。帰り際に旦那がお金を渡した。するとすうっーと小道へ消えて行った。 

辺りは夕方になり車やバイクが忙しく走っていた。その忙しさにかき消されるように、私も彼女の事を考えるのをやめた。