セハテツの教育実践

セハテツの教育実践

小学校の教員をしています。
日々の教育実践・学級づくり・授業づくりについて紹介していきます。

脱力系教師です。力を抜きつつも、子どもたちと楽しく教育実践をつくっています。
ギター、作詞・作曲、DIY、釣り、ドローン操縦など、趣味も楽しみながら、楽しくやってます!
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東京と山口の違いを話すと、いつも最高に驚かれるのは、子どもたちの生活時間についてです。

結論的には、子どもたちが学校で遊ぶ時間はすっごく少ない。

何倍も違いがあるようです。

 

 

まずは山口の場合。

始業はだいたい8時15分ぐらいですが、登校時刻が早い子は7時半には来ています。

始業前に長い子では40分ぐらい運動場で遊んでるんです。

中間休みは25分程度。

そして昼休みは45分あります。

つまり子どもたちが学校にいる間に、1時間半は遊ぶ時間があるんですね。

 

これに対して、東京では・・・。

始業前に遊ぶことはありません。教室に入るのは8時15分のチャイムが鳴ってから。

中休みは20分程度。昼休みは15分程度。

昼休みなんか給食が終わって外に出るわけですから、本当にあっという間に終わってしまいます。

合計で35分です。

山口と東京の違いは3倍もあるんですよ。

 

 

これをどう考えればいいんでしょうか。

子どもは遊ぶのが仕事と言われます。と言うか言われていました。

しっかり遊ぶことで子どものストレスは大きく軽減されるという統計も見たことがあります。

遊ぶ時間を増やしてやりたいなと思うわけです。

 

 

でも、これにはいろいろ背景があるんでしょう。

まずは始業前に遊ぶということは管理責任の問題が発生します。

山口では、そこはあいまいですが、管理職の責任にはなるでしょう。

昼休みは山口の場合、教員の休憩時間と一致させています。

だから45分取るわけですね。担任以外の教員は少しずらしますから管理できないわけではありません。

今後東京で昼休みを長くするということも考えにくいかなあ。

昼休みが短いということはそれだけ子どもたちは早く帰るんです。

6時間授業なら15時には終わるということです。

山口では15時35分になっちゃいます。帰りの会をきちんとやれば16時近くになります。

正直言って東京での勤務の方が楽なんです。

うーむ、悩ましい問題です。

まあ、誰も問題とは思わないでしょうが・・・。

 

画像は山口・萩の風景です。

 

始業式のあとは入学式です。

これは山口でも一緒なんですが、日にちが違ったりするんです。

山口では4月8日が基本なんですが、東京では6日が基本のようです。

早すぎますよ。

まあ、今年はコロナ感染による特別対応で延期になりましたけどね。

 

 

それはともかく、入学式そのものの内容はそれほど違いはありません。

体育館で行い、校長の話、担任紹介、2年生の歓迎の出し物など。

 

ここでびっくりしたのは、入学式準備のときでした。

入学式委員会なるものが運営や準備を仕切るんですね。

その長が経験5・6年目ぐらいの若い教員でして、その先生が準備終了後の体育館で、きちんと準備ができたかを点検していくんです。

極めて新鮮な驚きでした。いいものです。

何がいいって、校務分掌に沿ってけっこう重要な行事をしっかりと任されているっていうのがいいなあと・・・。

すごく民主的に感じたんですね。

その点検の仕方がいい感じでビジネスライクで、いい加減なことを許さない引き締まっているのもよかったりします。

 

 

山口であれば、入学式や卒業式は教務が仕切っていくんです。

できて当たり前なんです。

だから返って準備の点検がいい加減になるような気がします。

若い教員も経験ができて指導性が発揮されるような機会はあまりないんですね。

 

 

どうでもいいことですが、入学式の日の夜は打ち上げがありました。

普通の居酒屋でやるんです。

びっくりしたのは、入学式委員会の長は会計がただになるんです。

なんとも言えず不思議でした。

オツカレサマということでしょうね!

 

画像は東京ジャーミンです。

東京に来てから2年が経ちました。

「冒険」するために来たのですが、勤務の日々は冒険どころではないことも多いですね。

でも、おおむね楽しく過ごしています。

 

さて、かなり久しぶりのブログでは、東京の小学校教育を山口と比較してみたいと思います。

内幕みたいなものや個別のことはかけません。

東京にいる人ならアタリマエのことだけど、外から来たらびっくりしたことを書きます。

東京で働く教職員には、びっくりなのがびっくりでしょうね。

 

 

4月に働きはじめてびっくりしたのは、始業式です。

始業式はなんと校庭でやるんです。

登校したらそのまま校庭に並んで始業式です。

子どもたちは集中しにくいでしょうね。

担任発表もそのままやるんですから。

たくさんの荷物も持ったままです。

終わってから教室に入る感じです。

時間もそれほどかけないようです。

 

山口であれば、場所は体育館です。

子どもたちは学級分けをくつばこで見て、それぞれの教室に入ります。

前担任などが始業式の指導をして子どもたちを廊下に並べ、静かに体育館に入ります。

落ち着いた感じで(落ち着かせて)、始業式を始める感じです。

時間もけっこう長いような気がします。

生徒指導の話も含め、30分以上はかかるんじゃないでしょうか。

ほぼ1時間目は使いますね。

東京の場合、朝学の時間の20分程度かな。

 

 

東京では校庭で始業式をやる理由ですが、体育館が入学式の準備がされていることが大きいようです。

紅白幕がきっちりと吊るされ、イスも並べられているので、始業式をやる感じではないんですね。

紅白幕なんてのは、ぼくは「金八先生」の卒業式のシーンでしか見たことがなく、見たときは「本当にあるんだ」という感慨がありました。

どうも都教委から通達されているらしいですね。

式の厳格化が目的でしょうか。

 

 

そんな感じで始まった東京での教職生活。

ここからもびっくりの連続でした。

 

画像は東京大仏です。

子どもたちのための学校、子どもたちが子どもとして生き生きと過ごせる学校っていうのが、理想ですよね。

日本では、様々な状況のもとで同調圧力が存在するので、なかなかそのような学校っていうのが難しいわけですが、せめて自分だけは、自分の学級だけは子どもたちをのびのびとさせてやりたいと願ってるわけです。

 

さて、子どもたちがのびのびと成長できるためには、どのような学級、どのような担任であるべきかを考えると、よく言われる「優しさ」と「厳しさ」が必要な気がします。

そのバランスとか、軽重の付け方とか、表し方が大事なのだと思うんです。

下の表は、そのことをけっこう長いこと考えて表にしたものです。

 

対称となっているものとして、「居心地のよさ」と「力が伸びる場」としていますが、当然相反するものではありません。

むしろ相乗作用を生むものであるでしょう。

居場所としての・・・安心感、やさしさ、、愛、仲間などがあって、一方に伸びる場としての・・・論理性、厳しさ、正義、リーダーなどがいるという関係。

それを支える様々な要素を盛り込んでみたつもりです。

どちらかというと、居場所としての安心感が基底にあり、その上に論理性を持った成長の要素としての厳しさがあるような気がします。

 

子どもたちが教師の言うとおりに動くとか、決まりをきちんと守らされてる状態というのは、右の論理性ばかりが強くなって、管理的な学級になってると思います。

この2つのバランスを取るのが難しい。

でも、そこに教師の人間性や人権感覚があれば、大きくはぶれないんじゃないかな。

 

さあ、今年はどんな学級になるんだろうか。

 

 

 

休止していたブログを復活します。

 

山口県で教育実践を重ねてきた私ですが、2年前から首都圏の小学校に勤務しています。

ブログ執筆にあたっては、残念ながら担任している子どもたちの個人情報保護のために、勤務校や私の名前も公にすることができません。

でも、そうは言っても、教育実践上の課題や成果を共有することは非常に重要だと感じています。

特定できないように気をつけながら、主に教育関係者のみなさんに発信していきます。

 

 

よろしくお願いします!!