昭和記念公園の中でも季節を問わず子どもたちの歓声が絶えないエリアが「こどもの森」。全身を使って思いっきり遊べる大がかりなアスレチックや巨大トランポリンなどが人気です。その一角にある「地底の泉」は、大きなすり鉢型のくぼ地に底へと続く螺旋状の道がつけられ、不思議な景観を作り出しています。普段はこどもたちが猛ダッシュで坂道を駆け下りていくほほえましい光景が見られるのですが、長雨の後などは一面の池に早変わり。土がむき出しになった最深部は透水層に達しており、地下水位が上がると水が湧き出してくるという仕組みです。

 

地底の泉で遊ぶ家族連れ。雨の後には渦の真ん中から水が湧き出します。

 

古代遺跡のような浮世離れした雰囲気がちびっこたちの好奇心を引きつけてやまないこの場所は、実は武蔵野で昔よく見られた井戸の形状をそのまま再現したものなんです。武蔵野台地は多摩川の流れが生み出した扇状地ですが、脆い砂利の層の上にこれまた脆い火山灰層が重なっている地質のため、普通の方法で井戸を掘ろうとしても、地下水脈に届く前に崩れてしまって無理だったそうです。「だったら火山灰も砂利もどけてしまえばいいんだろう!」という力技で生み出されたのが、すり鉢状の大きな穴を掘り、安定した地層に到達したら改めて地下水脈まで垂直に井戸を掘るという工法。水を汲みに穴の底まで降りるために斜面につけられた螺旋状の小道をかたつむりになぞらえて、地元では「まいまいず井戸」の名で呼ばれてきました。平安時代に詠まれた和歌に出てくる「堀兼(ほりかね)の井」という武蔵野の歌枕はこの井戸のことだと言われています。字面を見ただけでとてつもない難作業だったであろうことが伝わってきますね。

このまいまいず井戸、遺跡として発掘される例も多いのですが、昭和の半ばまで集落の大切な水源として活用されていたものがご近所に現存していると知り、早速見に行くことに。昭和記念公園からJR青梅線で約15分、羽村駅で電車を降りるとロータリーのすぐ前にそれはありました。あまりに駅前過ぎてびっくりするレベルのアクセスの良さです。

 

道路を挟んだ隣には24時間営業のスーパーが。

 

井戸全景。きれいな螺旋状の小道は汲んだ水を運ぶのに一番合理的な形。

 

ここの井戸はちゃんと屋根付きです。屋根からシダが生えているのはご愛嬌。かえって優しげな風情で土の小道や石積みに馴染んでいました。金網で蓋がされ、まんなかに御幣が立ててありました。その周りに散らばる小銭から察するに、井戸の中にも投げ入れられていそう。ちょっと由緒ありげな井戸や池を訪れると、大抵底に相当数の小銭が沈んでいますが何故なんでしょうか・・・。

 

井戸の様子。かわいい屋根付きです。

 

石組みの底に白っぽく映っているのが外の風景。水の存在を教えてくれます。

 

金網の隙間から失礼して、カメラのレンズを差し入れてみると、かなり下に水面が確認できました。水面に白いコートを着た私の姿も映り込んでいます。1960年に羽村に水道が通るまで現役だったこの井戸は、今は江戸時代に使われていた時の形に復元してあるそうです。

周囲は街の中心部にふさわしい現代的な活気に満ちていますが、井戸の中は別世界のような穏やかさで、ほっと一息つける素敵な空間でした。水源としての役目を終えてからも守り残してくれた地域の方々に感謝です。春には桜がまいまいず井戸を覆うように咲くらしいので、その時期にも是非出かけてみたいと思います。

昭和記念公園からも簡単に行ける場所なので、地底の泉で遊んだ後は、地域の生活に根差した本物に触れに足を延ばしてはいかがでしょうか。(篠原)