しあわせ通信

しあわせ通信

人が生まれてきたのは自己実現のため。自己実現とは、人が造物主より課せられたその人の使命=進化向上に寄与すること。その第一歩は日々を幸せにワクワク過ごすことだと思います。
つまり、その人なりに「世のため人のために生きる」ことだと考えます。

縁ある人々、周りの人々を幸せにしたい、それには自分自身が日々幸せにワクワクしながら生きていくことだと考えます。

その過程をここで報告していきたいと思います。

膵臓癌を宣告された友人に会って、足取りが遅く、サングラスをかけ、顔色も悪くなった様子に何と声をかけていいかわからない自分に気づきました。自分も心筋梗塞を患い、命の危険を味わいましたが、彼ほど緊迫したものではないのです。

この頃、義母の高齢者施設への入所や自身の病気もあり、妻は折に触れてネガティブな言葉を口にする。そのたびに、私は「大丈夫だよ」と声をかける。

当初は、このまま否定的な言葉を言い続けることで、心の健康を損なうのではないかと心配していた。しかし、そうした思いを吐き出すことで、かえって妻の心の重荷が軽くなるのだと気づいた。

それ以来、反論や意見を挟むことはせず、ただ最後まで静かに耳を傾けるようにしている。

人は誰しも、胸の奥に言葉にならない思いを抱え、悶々としています。それがどのような感情なのか、自分でもはっきりとは分からず、その場に立ち止まってしまうことも少なくありません。

しかし、それを言葉にして外に出すことができれば、自分の感情をはっきりと自覚し、乗り越えていくことができるのではないでしょうか。だからこそ、人は「吐き出す」のだと思います。

その方法はさまざまです。愚痴であっても、たとえネガティブな内容であっても、誰かに話すことで気持ちが軽くなることがあります。もっとも、聞かされる相手にとっては負担になることもありますが。

では、日本古来の短歌も、そうした「心の吐露」の一つではないでしょうか。古代から詩が詠まれてきたのも、人の内面を言葉にして外に表したいという思いがあったからだと思われます。

今の自分のモヤモヤした気持ちを言葉として表現すること――それこそが、感情を乗り越え、次へ進むための一歩になる。そう思えてならないのです

大学受験のとき、高校三年生(18歳)の私は、少しの時間があれば「合格、合格、合格……」と唱え、自己暗示をかけていました。
合格したときの自分の姿も思い描きながら。

この自己暗示が心に安定を与え、合格した気分にさせてくれたことが、某地方国立大学に合格できた一因だったのではないかと思っています。

ささやかな経験ではありますが、私にとっては大きな体験でした。
この方法――自己暗示のためのアファーメーションとビジュアリゼーション――を用いれば、私は何でもできるのではないか。そんなふうに思い込んでいました。

しかし、そのための目標を見つけることができませんでした。

目標を立てようとすると、目標を達成したあとの自分が、どうしても想像できないのです。
それを達成したところで、たかが知れている――そんな思いが、どこかにあったのだと思います。

その感覚は、今でも続いています。

それを達成したところで、たかが知れている。
それが、いったい何だというのか。

そうこうするうちに、私は七十になってしまいました。

不思議だ。

やる気になってんじゃん。


目標を少しノートに書き始めたところで、終わったけど、気持ちがやる気になっている。こんな簡単なことでやる気になるのだろう。

7月2日(木)午前6時30分からランニング。

なかなか記録が伸びないが、

そーゆー悩みも

仕方がないのかも…