ウィキペディアより(文章は多少いじってます)

国境付近の塞(とりで)近くに、占いをする翁(老人)が住んでいました。

翁は一頭の素晴らしい馬を持っていて、とても大切にしていました。

ある時、この馬が蜂に刺されて驚いて国境を超えて駆けさってしまいました。

周りの人が気の毒がって翁に声をかけました。

「このことが福となるかもしれない。」

翁が言いました。

しばらくすると駆け去った馬がとても素晴らしい白い俊馬を連れて戻りました。

周りの人がなんと幸運なことかと、お祝いを言いましたが、

「このことが災いとなるかもしれない。」

と翁は言いました。

あるとき、翁の息子がこの馬から落ちて足をけがしてしまいました。

周りの人達は気の毒がりましたが、翁は

「このことが福となるかもしれない。」

と言いました。

戦争が始まり、その辺りの若者たちはみな徴兵されて沢山の者がなくなりましたが

翁の息子は足の怪我があったために徴兵されませんでした。

戦争がおわり、翁は息子たちと末永く暮らしましたとさ。


という”塞”の”翁”の”馬”のお話→

「何が福で何が災いかはわからんもんじゃて・・・。」メデタシメデタシ。

ものっすごいイロイロ突っ込みたいわっ、とおもうのは置いときます(笑

禍福はあざなえる縄の如し、ということわざも「禍も福も表裏一体」っていう意味だから

同じような気もするんですけど、「塞翁が馬」の方は時間経過が入っているのでこっちの方がぴったり

かなぁ~と思ったり。


この言葉と、

交流分析(心理学理論の一つ)を確立したエリック・バーンの

過去と他人はかえられない。でも、未来と自分は変えられる

が私の必須アイテムです。


心折れそうになったときに、何度も励まされました。

もうダメかもしれん・・ってドはまってぴょん吉ガエルみたいになってても
(あっ。わからない人には絶対わからんw)

「塞翁が馬」「塞翁が馬」「塞翁が馬~」ってとりあえず唱えてみます。

「何が塞翁が馬やねん!!!」ってハラがたってきて復活できたりします。

使い方間違ってる・・・えへへ…