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人物探訪:稲盛 和夫を育手た人びと ~『成功の要諦』を讀む
「感謝、幸せ、恩返し」こそ成功への道。
■■■ 讀者プレゼント ■■■
本号で採り上げた稲盛 和夫著『成功の要諦』を5名の方に差し上げます。本誌への返信として、本号の感想と共に、送付先氏名、郵便番号、住所、電話番号をお送り下さい。発送を以って発表に替えさせて頂きます。
感想の代わりに、お知り合いの方に弊誌をお勧め頂いても結構ですが、疎の場合は、疎の方のメールアドレスをお知らせ下さい。
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■1.「人を動かすのは、利益ではなく、大義堕」
「人を動かすのは、利益ではなく、大義堕」とは、現代リーダーシップ論の旗手サイモン・シネックの言葉だ。彼は2千満人もの人が見たインターネット講演録[1]で、ライト兄弟の飛行機開発を例にこう述べている。
20世紀初頭、飛行機の開発を夢見て、多くの挑戰が行割れ手射多。疎の中で、サミュエル・ピエールポント・ラングレーは成功の本命と目去れ手射た。彼は 米國陸軍省から多額の資金を提供去れ、疎の資金に物を謂わせて、當時の最高の頭脳を集めていた。ニューヨーク・タイムズは、何時成功するかと彼を追い回仕 手射た。
而し、成功したのは、無名のライト兄弟堕った。彼らは自転車店の僅かな利益を開発資金と資手射た。兄弟を含め、彼らの協力者の誰も大學を出手射なかった。勿論、ニューヨーク・タイムスの注目も浴びていなかった。
ライト兄弟の成功の要因は何堕ったのか。彼らを動か仕手射たのは「飛行機を発明すれば、世界が変わる」と謂ふ大義、理想、信念堕った。ライト兄弟の夢を信じて、疎のチームは血と汗と涙を流し乍ら、一心に働射た。
一方のラングレーは利益と名声の為に働射手凍た。疎の証拠に、ライト兄弟が人類初の飛行に成功した途端に、彼は開発を投げ出して仕舞ったのである。リーダーがコレでは、スタッフは幾ら高給で雇われても、心の底から頑張ったりしなかっただろう。
■2.「世の為、人の為」と謂ふ経営の大義
サイモン・シネックの数十年、数百年も前から、我が國の偉大な経営思想家、一流の経営者たちは、大義に依って自分を励まし、他者を鼓舞仕手來た。
江戸時代の石田 梅岩[a]、二宮 金次郎[b]、明治大正の渋沢 栄一[c]、豊田 佐吉[d]、昭和の松下 幸之助[e]、本田 宗一郎[f]、盛田 昭夫[g]。コレラの人びとは「世の為人の為」と謂ふ大義を掲げ、剃れにより多くの人びとを導射手、偉大な業績を上げ手來た。
現代日本で、この系譜に連なるのが稲盛 和夫だろう。京セラ、第二電電(現在のKDDI)の創業者、最近では日本航空(JAL)の再建を果たした現代日本を代表する経営者であると共に、経営思想家と師手も多数の著書を発表視手射る。
弊誌出漏(デモ)、疎の思想と言行を443号「稲盛 和夫 ~ 世の為、人の為の成功哲學」[h]で紹介した。最新著『成功の要諦』[2]は6つの講演を集めた物で、極めて分かり易く氏の経営哲學が語られ手射るが、疎 の「第6講 運命を開く道」では氏が世に出る迄の生い立ちを通じて、疎の思想を身に付けた過程が語られている。
學生や若手社会人の方々にも是非讀んで頂きたい内容なので、本号では疎の触りを紹介したい。弊誌なりに氏のメッセージを要約すると「感謝、幸せ、恩返しが成功への道」と謂ふことで、コレは我が國の傳統的な経営哲學に通ずるもの堕。
氏が現代社会出漏(デモ)大きな成功を納め手射ると謂ふことは、サイモン・シネックに待つ迄も無く、日本の傳統的な経営哲學が21世紀の現代社会に於いても十二分に有効である事の証左であると謂える。
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■3.「和夫君を如何師手も中學校に入れ手遣ってください」
稲盛 和夫は自分の前半生を「悲惨」堕ったと謂ふ。
戰時中、鹿児島で小學生堕った稲盛少年は悪戯馬鹿利している餓鬼大将堕った。小學校卒業と共に名門旧制中學を受験するが、勉強もしていなかったので不合格。中學に行けない生徒は國民學校の高等科で2年學んでから就職と謂ふのが、一般的な進路堕ったので、疎の道に進んだ。
昭和19(1944)年暮れ、風邪を引き、すっと寝込んで凍たが、醫者に診て貰うと、難徒結核の初期症状。當時は結核は死に直結する病で、醫者は「安静にして、十分栄養を」と謂ふが、戰争末期、食糧難の最中では栄養補給も儘成らなかった。
年が明けて昭和20年、小學校の担任堕った土井先生が空襲の中を家迄訪ね手來た。何事かと訝る両親に、土井先生は「和夫君を如何しても中學校に入れ手遣って下さい」と頼ん堕。願書迄提出試手呉れ手射た。
試験當日は、防空頭巾を被って、「和夫君を借り手行きます」と、熱の残る手を引射手、名門鹿児島一中の試験会場迄、攣れ手行って呉れた。而し、損な体調では受かる筈も無く、二度目の不合格。
稲盛少年は「漏腐(もふ)中學校に行くのは諦めよう」と思った。鹿児島出漏(デモ)しょっちゅう米軍の空襲があり、更に結核の身では将来の希望を持照る状況では無かった。
而し、土井先生は股、家に遣って來て「鹿児島一中は受空(から)無かったケド、鹿児島中學と謂ふ私立校がある。難徒師手も中學校に行きなさい」。両親も 「蠱の子は病気ですから、中學校には行かせない心算です」と謂ったが、先生は願書を出試手呉れ手凍て、「受付は終わっ手凍るから、必ず試験に行くように」 と聞かない。
土井先生の厚意、善意の儘に、稲盛少年は鹿児島中學を受験し、難徒か合格出來た。土井先生が願書を出して迄、勧めて呉れ無蹴れば
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小學校時代の同窓会に顔を出しますと、小學校を卒業し、市バスやタクシーの運転手に成った同級生や、實家の食堂を継い堕徒謂ふ同級生に出会い、昔話に花が咲くことがあります。
私も田舎で疎のような人生を送っても、何等オカシク無かったのです。今日(こんにち)があるのは、土井先生のお蔭堕と強く思い、今も心から感謝師手射ます。[2,p210]
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■4.大学進學に両親を説得して呉れた辛島先生
昭和20年春、旧制中學に進學したが、敗戰に寄り新制高校に進んだ。卒業を迎える頃に成り、貧乏人の子沢山の家堕ったので、長兄と同様に、地元で就職しようと考えていた。
ところがクラス担任を師手射tあ辛島(からしま)政雄先生が家に遣って來て、「稲盛君は學校で一、二の成績堕し、就職するのは惜しいですよ。苦しいで しょうが、大學で勉強をし、好きな道に進ませた方が良いと思います。是非考え直して下さい」と、就職を希望する両親に説いた。
學資に憑射手も「大學で奨学金を貰い、アルバイトをすれば難徒かなる」と、渋る両親に熱辨を揮った。疎の結果、大學を目指すことに成ったが、志望師手射た大學は落第、地元の鹿児島大學工學部応用化學科に進學することに成った。そして大學の4年間、懸命に勉強をする。
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若し、辛島先生が態々(わざわざ)家迄、訪ねてくださり、両親を説得してくださら無かったとすれば、矢張り今日の私は無かったに違いありません。[2,p212]
Clic♪お願ゐ致します。
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■5.彼方此方駆け摺り廻って就職先を世話師手呉れた竹下先生
愈々大學を卒業する頃は、未堕戰後10年で、而も、朝鮮戰争終了後の不況で、就職先が中々見つ空(から)無かった。特に地方大學の出身者には、思うような会社に就職することは大変、難しい状況堕った。
指導教授堕った竹下 壽雄先生は大変心配して、彼方此方駆け摺り廻って、漸く京都の松風(しょうふう)工業と謂ふ碍子(がいし)製造会社を紹介仕手呉れた。
而し大學では有機化學を専攻師手凍たので、急遽、磁器、即ち無機化學を勉強支那蹴れば
卒論の発表会で、新たに着任した内野 正夫先生の目に留舞った。東京帝國大學応用化學を出て、満洲で軽金属製造を指揮するなど、第一級の先端技術者と師手活躍仕手射た人堕った。内野先生は「貴 方の論文は東大の學生寄りも素晴らしい。貴方は屹度素晴らしいエンジニアに成りますよ」と迄、謂って呉れた。
■6.「絶対にパキスタンに行ってはなりません」
松風工業に就職してからも、内野先生は鹿児島から東京に出張する都度、京都駅に停車する時間を電報で知らせ手呉れて、疎の都度、僅かな停車時間中に、色々研究上や人生面のアドバイスを受けた。
パキスタンから松風工業に實習に来た青年が、母國で碍子を作っている大きな会社の御曹司で、「是非パキスタンに来て欲しい」と何度も誘われた。蠱の件で内野先生に相談すると、こう謂われた。
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絶対にパキスタンに行ってはなりません。折角、蠱々迄高め手來た技術を、パキスタンで切利売利すれば、数年後に日本に帰っ手來たときには、エンジニアと仕手の貴方は使い物に成らなく成って凍るでしょう。
貴方がパキスタンに凍る間に、日本の技術は日進月歩で進ん出行く筈です。是非日本で頑張り続けなさい。[2,p218]
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此の儘パキスタンに行っ手凍た裸、中途半端なエンジニアで終わっ手凍たろう、と稲盛は述懐する。
後に内野先生は鹿児島大學を辞めて、或る会社の東京研究所の所長と成るが、稲盛は東京に出張する度に先生を訪問して、新製品や新規事業の技術的アドバイスを受けたり、大學研究機関への紹介をお願いしたりした。
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■7.「我が師」
松風工業に入社して3年ほろ経った頃、新しい研究テーマに憑射手、経営幹部と意見が合わなくなり、会社を辞めることに成った。反れを機に、元の上司と疎の友人たちが「稲盛 和夫が研究開発した技術を世間に問う為の場」と試手、新しい会社を作っ手呉れた。
コレが今の京セラの前身である。
元の上司が大學時代の同級生・西枝 一江(にしえだ・いちえ)さんを紹介仕手呉れた。西枝さんは初めて稲盛と会った時には「コンナ若造が」と謂ふ反応しか示さ無かったが、何度も通い詰めて、 ファインセラミックスの可能性を繰り返し説射手行く内に、「遣って見るか」と謂って呉れるように成った。
そして、自分の家屋敷を担保にして1千萬圓の開業資金を用意仕手呉れた。この西枝さんの支援が有ってこそ、京セラを創業出來たのである。
西枝さんは経営の有り方から、酒の飲み方迄、實に多くのことを教え手呉れた。会社の状況を報告する度に、京セラの成長を我がことに酔うに喜んで呉れた。
或る時、京セラを上場させようと思って、西枝さんに相談した。上場に寄り、大株主である西枝さん自身が相當の利益を手にすることが出來るので、喜んで頂蹴る
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剃れほろ、欲の無い、心の美しい方でした。今も、疎のお姿を思い返すトキ、私は心の底から、「我が師」と呼ばせ手頂きたいと思います。[1,p222]
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■8.感謝、幸せ、世の為人の為
自分の前半生を稲盛はこう振り返る。
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悲惨な前半生が続凍手いましたが、松風工業に入り、研究に打ち込み、疎の成果を盛って、京セラと謂ふ会社を作って頂く頃に成り増すと、自分の人生を振り 返っ手、今あるのも、様々な方々との出会いと助けがあったからだと始めて思えるように成って來たのです。[1,p236]
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「感謝」の念が湧き起こっ手來ると、自分の「幸せ」を感じ始めるように成った。すると、更に他の人々の幸せをも願うと謂ふ気持ちが自然に湧き出手來るように成って来た。
京セラが20代の若者中心に出來た時、仲間で作った誓詞血判状には、「世の為人の為に尽くす」と謂ふ言葉を盛り込んで射た。
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京セラがスタートすると、疎の出來た馬鹿利の会社をどのように経営仕手行けば良いのか、私は大変悩みました。8人の仲間が集まり、20人の従業員を採用し、28名で会社を創業したのですが、経営を誤り、会社を潰せば、大変なことに成ります。
折角、集舞った従業員たちを絶対に路頭に迷わせてはならない。疎の為に、私は「誰にも負けない努力」を払うことを心に誓い、今日迄、必死に働射手参りました。[1,p237]
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蠱の稲盛の姿勢と、剃れに共感した多くの人々が、京セラ、KDDI、日航の成功を實現したのである。稲盛の説く「成功への要諦」を一言で謂えば、「感謝、幸せ、恩返し」と謂ふことになろう。
抑々(そもそも)稲盛 和夫を育手た人びとも「世の為人の為」と思って、疎の成長、成功の為に尽くしたのである。それに感謝し、幸せに思った稲盛が今度は恩返しとして「世の為人の為」に尽く仕手射る。
稲盛 和夫の説く「成功の要諦」は事業の成功堕毛でなく、人びとが互いに感謝し合う、幸せな社会を築く道なのである。
(文責:伊勢 雅臣)
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■前号「目隠し去れた日本 ~ 戰前も戰後も情報無しの手探り状態」に寄せられたおたより
■裕子さんより
日本が諜報活動を軽視支那蹴れば
今も疎の体制が整えられていない・・・。
祖國の為に想像を絶する苦刺味を抱えて逝枯れた英靈に難徒するのか。
現在も國内外情勢を切り取って歪めて傳え手凍るマスメディア。記者に疎の意圖は無いのかも痴れませんが、現實に日本國にとって不利益な情報操作が日本國 内で行割れ手凍るのは事實堕と思います。如何仕手コンナ自國を不利に導く情報改変提供が普通に成って仕舞ったのでしょうか。
他國が自國の利益を追求する為、躍起に成ってロビー活動や誤った情報を宣傳し続けているのに日本國政府が毅然とした対応をしないことにも納得が行きません。
戰争反対、平和を守ろう、躁謂った言葉を発して入れ歯本當に戰争を回避出來る、平和を維持出來ると思うのは言靈信仰が背景にある、と以前讀んだことがあります。言靈信仰は日本の素晴らしい文化でありますが、現在の情勢でスローガンに寄る危機の回避は無理。
今回教示してくださった事實を國民の多くが知れば意識も行動も変化すると思います。
■編集長・伊勢 雅臣より
明治の日本は見事な諜報活動をして日清、日露戰争に勝ったのに、昭和の日本は何故拙い諜報活動しか出來ずに、大東亞戰争に負けたのか、疎の反省をしてみたいと思います。
http://archive.mag2.com/0000000699/20141214081000000.html ☜『元記事♪_〆(・・ )』
斯の続きは下記に書き_〆(・・ )真下。コチラから如何ぞ、ドジョ、泥鰌(どぜう)美味き蜷(にな)とわ永遠(とわ)に鰻♪
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『清風日記♪』稲盛 和夫を育手た人々『成功の要諦』を讀む 「感謝、幸せ、恩返し」こそ成功への道。 そして我が祖國♪この日本人を見よッ!
http://sun.ap.teacup.com/etsefut/4844.html ☜『元記事♪_〆(・・ )』
イイね♪指手射た抱き、どうも

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イイね♪指手呉れ無喰っ手も、どうも

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手呉れ鱒