きらりきらきら 第2章

きらりきらきら 第2章

日々のできごと。思ったこと。

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息子が幼稚園入園当初から現在まで、

休むことなく続けていたPTAや子ども会などの役員。

今日、娘の学校の総会を無事に終えたと同時に、

私の11年連続の役員活動にも一時ピリオドが打たれることになりました。


役員・・・敬遠されがちだけど、決してイヤなことばかりではないんですよ。

勉強になるし、学校や活動の場にいくだけで子どもたちの様子を見ることができるし、

人とのつながりも築けたしね。(←これはメンバーにもよるかな汗

それにしても・・・11年、長かったぁあせる

休みたかったのよ、自分の時間を増やしたかったのよ、ずっと。

今年度はゆっくりできそうチョキ

やりたいことがたくさんあるので、充実した日々を送っていきたいナ。

当ブログに初コメントがつきました!


・・・が、何やら怪しげな感じダウン


名前になぜかURLが記入されていた(http://redir.ec/fs4z←アクセスしちゃダメですよ注意


まぁ、調べてみたら、コミュニティサイトを装った悪徳サイトで。

どうやら出会い系サイトらしい。


皆様、気をつけて!!!

大震災から2ヶ月。

あの日は、一生忘れられない日になってしまった。


平成23年3月11日 午後2時46分。

東日本大震災発生。

当地・仙台は震度6強を記録した。


父、母、息子、娘、私は自宅で被災。旦那は職場で被災した。


地震の数秒前にケータイの緊急地震速報を受信。

『え?宮城県沖で地震??』とケータイを確認後、すぐに揺れが始まった。

今までにない揺れの強さ・大きさに絶句。

食器が落ちて割れ、HDDレコーダーが落ち、電話が落ち・・・、

次から次へといろんなものが落下、壊れていく・・・。


電気が突然止まり、テレビが消えた。(この時に被災規模の地震だと察知)

なかなか収まらない揺れ、次第に揺れが強くなる・・・。

娘を学習机の下に避難させ、息子をテーブルの下に避難させた。

あ、この時怯えながらウロウロしていた猫もテーブルの下に入るように促したっけ・・・。

私は立ちながら、揺れが早く収まることを祈るしかできなかった。


その間3分・・・。とてつもなく長く感じた。

揺れが収まって、めちゃくちゃな部屋を見て、茫然と立ち尽くす私・娘・息子。

1階の部屋にいた母の「大丈夫?ケガはない?」と震えた声が響く。

父はライフラインが寸断されたことから、物置にしまっていた石油ストーブやガスコンロを探しに・・・。

仕事中の旦那の安否確認をするべく電話をかけるも、全く通じない。

1時間半後にようやく連絡が取れた。家族全員が無事でひとまず安心した。



私は32年前の宮城県沖地震でも被災している(年齢がバレますね・・・)。

人生2度目の大地震。今回の地震はM9.0という巨大地震。

32年前とは比較にならないくらい大きかった。


当たり前の日常のありがたさを本当に痛感した。


書きたいことは山のようにあるのだけど、うまくまとめられないや・・・。

まだまだ復興途中だし、いろんな思いが交錯している。

なんとなく、また大きな余震が起きそうな気がしているし・・・。

落ち着いたら、また振り返ってみたいナと思っています。