今日は完全にOFFdayでした。予定とバイトが連続していた非リアな僕は出来なかったゲームしたりYouTubeみたりしてゆっくりしてました、生産性のない一日だったといえるwww
そしてふと、今年の3月まで自分が浪人生だったんだなって、長い旅行から帰ってきたようなまるで自分のことじゃないみたいなムズ痒い感覚と一緒によみがえってきました。
久々の更新は20年生きた自分の歴史の中でも特別な期間ともいえるそんな浪人時代について少し振り返ってみたいと思います、いつもながらふとした瞬間にダークになるそんな自分のルーツがここで生まれたのではないでしょうか。。。
あんま面白くない感じの長文になるかもですが、
今浪人生してて勉強できんくてつらい思いしてる人とかがここ見たりして自分以上に勉強頑張れてない人がおってもこうして生きてるんやって思って改めて前むいてくれるようなそんな奇跡が起こればいいなとか妄想してますw浪人時代は浪人の経験ブログとかいろいろよんでるので先に言いますが、勉強方法とかモチベーションがどうとかそういうので悩んでいる人には無益な文です。
さて、これを語るにはもう少し自分のことを紹介したほうがいいですかね。昔、僕は自分と他人のどこかを比べてここなら自分のほうが勝っているっていう考えるようなそんな人間だったかもしれません、あまりいい人間とは言えへんね。でも裏返していってみると、自分に自信のある点とか本当に皆無で今他人より自分が優れてるところを見つけないと周りの人間に見放されてしまうんじゃないか、とかなんとも言えない不安でいっぱいだったんやと思います。
昔は少しばかり周りより勉強ができてて、余裕をもって生きてきたからそういった軽いプライドを捨てずに自分は努力せず、何かに苦手な人と自分のできることを比べて優越感に浸りたかっただけなのかもしれません。圧倒的でいたかったんですかね
そんな自分は県下上位の高校に入学しました。聞こえはいいですがそれまで通わせてもらった塾では最難関のクラスに入れてもらい親にほかのクラスの人より高い学費を払ってもらって近畿圏の上の私立高校に向けて勉強させてもらったのにも関わらず、一般のクラスでも行けたような学校だったので入学当初は少し油断してました。ほかの気持ちとしては親への申し訳なさでいっぱいでしたね。
志望大学はもちろん理系の国公立大学。まだ自分に期待してくれていた親への恩返しの気持ちがほとんどで志望校調査のとき書いた大学はN医科大学とか阪大とかでした、そのどれも名前で選んでいて内容もしらず、もう自分の文字じゃなくて自分の進みたい道とかじゃなくてただその紙の上に大学の名前が死んだような文字でつづられている光景をいまだに覚えてます。
そのまま学年は上がっていき周りは受験モード。
勝手に進んでった時間も取り戻せるわけがないからとりあえず賢い大学の赤本買って勉強してみました、その時点でもうこの人生を生きているのは自分じゃなくこの目で見る世界は脳の人格が動かしている外界への出力機器を通したものだから、もう受験なんて自分には関係ないと、そんな病んだ考えと常に朦朧とした生き心地のなか、センターやら二次試験やらが終わってしまいました、もう私立という逃げ場は与えないと親に言い聞かされてたので、来年の自分にまかせようと浪人をお願いしてさせてもらいました。とりあえず高校時代はだんだんと頭おかしくなってました、当時の友達にたぶん恐ろしいようないかれたような話をしてしまったことを今ではだいぶ後悔してる。。。
そしてやっと浪人の話ができるわけですが、始めは意識高い系でしたほんとに。遊びもケータイもゲームも全部禁止して勉強勉強勉強!そんな感じです。友達のことも避けてました最初は。
でもそんなのは続くわけでもなく、将来のことを真面目に考えてみたりして、仮にそんな大学に進んで本当に自分が行きたいって思える方向に人間になれるわけがないとか考えるようになったわけです、多分浪人で苦しんだ人は結構考えたことがあるかもですね。
その時の自分の考え方を否定する気はないです、逃げだろ、って一言でいわれればそれで終わりですけど(むしろ逃げだと思いますw)
でも、その宣言を自分に発してしまうということは今までの自分の歴史を一気に否定したような気持ちになるわけです。応援してくれている両親や友達みんなの知っている自分はもう自分じゃなくってただの生きた容器なんやって。そうなると、もう自尊心もなにもなくなって自分はもう生きてる価値がないんやって考えてしまいました。受験がまじかになった時期には自習室と電車の中ではもう自殺することしか考えれてなかったですね( ̄∇ ̄;)ハッハッハ。部屋にもいつの間にか自分が書いた不気味な絵とか増えていってうわこいつ本格的に病んでるわとか思ってたものです。
たぶんあの予備校の中で3本の指には入るくらいメンヘラになっていたっていえます。
そして本当にやばいって思ったときに、カウンセラーの人に相談できました。心の底からどさっとしたものを相談用紙に書いたときは本当にすっきりしました。あらかじめ提出した紙を見ていたカウンセラーの人がおっしゃるにはこのままだとすぐに病院を進めるつもりだったらしいですw紙に書くことで客観的に自分をみつめなおすことができるから、誰かに相談しにくい悩みがある人はその一歩として紙に書いてみるのも効果ありですよ。そして教えられたことは、あなたの興味のある分野で活躍している人の本を読んでみなさいっていうことでした。自分の夢は好きなことでお金を稼ぐってことなので堀江貴文さんの著書「ゼロ」を読ませていただきました。そこに記されていた内容はとても自分にとって新鮮なものでした(ステマじゃないんでこの辺にしますがw)。
一番感動したとこはネガティブは時間の無駄ってことです、
いまだに自分は消極的な考えもよくしますが、これは事実です。今の自分に悩みがあるならその悩みを解決するにはどんな行動をすればいいのかある時は自分で調べて、またある時はほかの人に相談して、効率よく人生を進めていくべきなんです。そんな中で自分は価値のない人間だとか考える時間はナンセンスといえます。ありゃなんの話だw
まあ、締めとしてまとめると
・悩みがある人で自分を傷つけることしか考えれない人は先生でも友達でも誰でもいいから、相談してみること。外に出すだけで本当に変わるから。
・お世話してくれた人の期待に応えることができなくても自分が幸せに感じれる人生を送れるようにすることが、恩返しといえるってこと。
・なんで僕が急にこんな長文書いてしまったのか最初の目的を完全に忘れてしまったってことw
でわでわノシ
そしてふと、今年の3月まで自分が浪人生だったんだなって、長い旅行から帰ってきたようなまるで自分のことじゃないみたいなムズ痒い感覚と一緒によみがえってきました。
久々の更新は20年生きた自分の歴史の中でも特別な期間ともいえるそんな浪人時代について少し振り返ってみたいと思います、いつもながらふとした瞬間にダークになるそんな自分のルーツがここで生まれたのではないでしょうか。。。
あんま面白くない感じの長文になるかもですが、
今浪人生してて勉強できんくてつらい思いしてる人とかがここ見たりして自分以上に勉強頑張れてない人がおってもこうして生きてるんやって思って改めて前むいてくれるようなそんな奇跡が起こればいいなとか妄想してますw浪人時代は浪人の経験ブログとかいろいろよんでるので先に言いますが、勉強方法とかモチベーションがどうとかそういうので悩んでいる人には無益な文です。
さて、これを語るにはもう少し自分のことを紹介したほうがいいですかね。昔、僕は自分と他人のどこかを比べてここなら自分のほうが勝っているっていう考えるようなそんな人間だったかもしれません、あまりいい人間とは言えへんね。でも裏返していってみると、自分に自信のある点とか本当に皆無で今他人より自分が優れてるところを見つけないと周りの人間に見放されてしまうんじゃないか、とかなんとも言えない不安でいっぱいだったんやと思います。
昔は少しばかり周りより勉強ができてて、余裕をもって生きてきたからそういった軽いプライドを捨てずに自分は努力せず、何かに苦手な人と自分のできることを比べて優越感に浸りたかっただけなのかもしれません。圧倒的でいたかったんですかね
そんな自分は県下上位の高校に入学しました。聞こえはいいですがそれまで通わせてもらった塾では最難関のクラスに入れてもらい親にほかのクラスの人より高い学費を払ってもらって近畿圏の上の私立高校に向けて勉強させてもらったのにも関わらず、一般のクラスでも行けたような学校だったので入学当初は少し油断してました。ほかの気持ちとしては親への申し訳なさでいっぱいでしたね。
志望大学はもちろん理系の国公立大学。まだ自分に期待してくれていた親への恩返しの気持ちがほとんどで志望校調査のとき書いた大学はN医科大学とか阪大とかでした、そのどれも名前で選んでいて内容もしらず、もう自分の文字じゃなくて自分の進みたい道とかじゃなくてただその紙の上に大学の名前が死んだような文字でつづられている光景をいまだに覚えてます。
そのまま学年は上がっていき周りは受験モード。
勝手に進んでった時間も取り戻せるわけがないからとりあえず賢い大学の赤本買って勉強してみました、その時点でもうこの人生を生きているのは自分じゃなくこの目で見る世界は脳の人格が動かしている外界への出力機器を通したものだから、もう受験なんて自分には関係ないと、そんな病んだ考えと常に朦朧とした生き心地のなか、センターやら二次試験やらが終わってしまいました、もう私立という逃げ場は与えないと親に言い聞かされてたので、来年の自分にまかせようと浪人をお願いしてさせてもらいました。とりあえず高校時代はだんだんと頭おかしくなってました、当時の友達にたぶん恐ろしいようないかれたような話をしてしまったことを今ではだいぶ後悔してる。。。
そしてやっと浪人の話ができるわけですが、始めは意識高い系でしたほんとに。遊びもケータイもゲームも全部禁止して勉強勉強勉強!そんな感じです。友達のことも避けてました最初は。
でもそんなのは続くわけでもなく、将来のことを真面目に考えてみたりして、仮にそんな大学に進んで本当に自分が行きたいって思える方向に人間になれるわけがないとか考えるようになったわけです、多分浪人で苦しんだ人は結構考えたことがあるかもですね。
その時の自分の考え方を否定する気はないです、逃げだろ、って一言でいわれればそれで終わりですけど(むしろ逃げだと思いますw)
でも、その宣言を自分に発してしまうということは今までの自分の歴史を一気に否定したような気持ちになるわけです。応援してくれている両親や友達みんなの知っている自分はもう自分じゃなくってただの生きた容器なんやって。そうなると、もう自尊心もなにもなくなって自分はもう生きてる価値がないんやって考えてしまいました。受験がまじかになった時期には自習室と電車の中ではもう自殺することしか考えれてなかったですね( ̄∇ ̄;)ハッハッハ。部屋にもいつの間にか自分が書いた不気味な絵とか増えていってうわこいつ本格的に病んでるわとか思ってたものです。
たぶんあの予備校の中で3本の指には入るくらいメンヘラになっていたっていえます。
そして本当にやばいって思ったときに、カウンセラーの人に相談できました。心の底からどさっとしたものを相談用紙に書いたときは本当にすっきりしました。あらかじめ提出した紙を見ていたカウンセラーの人がおっしゃるにはこのままだとすぐに病院を進めるつもりだったらしいですw紙に書くことで客観的に自分をみつめなおすことができるから、誰かに相談しにくい悩みがある人はその一歩として紙に書いてみるのも効果ありですよ。そして教えられたことは、あなたの興味のある分野で活躍している人の本を読んでみなさいっていうことでした。自分の夢は好きなことでお金を稼ぐってことなので堀江貴文さんの著書「ゼロ」を読ませていただきました。そこに記されていた内容はとても自分にとって新鮮なものでした(ステマじゃないんでこの辺にしますがw)。
一番感動したとこはネガティブは時間の無駄ってことです、
いまだに自分は消極的な考えもよくしますが、これは事実です。今の自分に悩みがあるならその悩みを解決するにはどんな行動をすればいいのかある時は自分で調べて、またある時はほかの人に相談して、効率よく人生を進めていくべきなんです。そんな中で自分は価値のない人間だとか考える時間はナンセンスといえます。ありゃなんの話だw
まあ、締めとしてまとめると
・悩みがある人で自分を傷つけることしか考えれない人は先生でも友達でも誰でもいいから、相談してみること。外に出すだけで本当に変わるから。
・お世話してくれた人の期待に応えることができなくても自分が幸せに感じれる人生を送れるようにすることが、恩返しといえるってこと。
・なんで僕が急にこんな長文書いてしまったのか最初の目的を完全に忘れてしまったってことw
でわでわノシ