ずっと書くか迷っていました。
でも、書くことにしました。
これは私の「自分を治癒する」ための文章です。
2008年、24歳の私は女の子を出産しました。
初めての連続で、分からないことばかりで、不安で、
でも必死に、自分が母親なのだからと、自分がしっかりせねば、と
言い聞かせていたように思います。
実は、この当時のことを、今でもよく思い出せないのです。
自分が毎日何をしていたのか、どんな風に生きて、何を考えていたのか。
私の育児の記憶は、娘の笑顔より、成長の喜びより、歯を食いしばって
声を殺して泣いた、下唇を噛んで耐えた、痛みのほうが強いのです。
何がそんなにつらいのかって、どうしてそんなに悲しいのかって、
今でもうまく話せないのです。
私はまだ、自分の心に刺さったものも、その傷跡も直視することができていないから。
それがどんな形で、どんなものなのか、怖くて見ることができないようです。
2014年、今年。この痛みに変化がありました。
私はここに、この痛みを置いていこうと思います。
今年の9月、出産を控えた夫の姉が里帰り出産をするため、我が家へやってきました。
我が家は同居で、嫁という立場もあり、「7月から4ヶ月、帰ってくるから」
と、夫から伝えられただけで、何か言う権利などありません。
里帰り出産をしなかった私は、正直、素直には受け入れられませんでした。
正体の見えない悲しみが、私を襲いました。
誤解の無いよう書き添えます。義姉の人柄に問題がある訳でも、義父母が悪い訳でもありません。
もちろん、夫も。
それでも私の涙は止めどなく流れるのです。
夜通し泣いていたかもしれません。様々な感情が私の中を通っていきました。
そして私はひとつの想いに辿り着きました。
もう、あんなに悲しい育児を誰にもして欲しくない。
そう、だから私は今、多くの仲間と出会い語り合い、だから強く、
新たなことに挑戦し続けているのだと。
私はまた笑って毎日を過ごすことができました。
義姉が家にいてくれるので、とっても助かりました。
兄妹が欲しい娘の願いを叶えてやれないでいましたが、
大好きな赤ちゃんのお世話を手伝わせてくれました。
ちゃんと娘を叱ってくれました。
一人目の赤ちゃんなのに、小さいお母さんが頑張るので、
とってもハラハラしたと思います。
義姉に心から感謝することができました。
そんな時、思いもよらない言葉が夫からかけられました。
「きみは、一人でよく頑張っていたんだね。今になってわかった。」と。
その一言で、私の心は本当に音が聞こえるんじゃないかと思う程、
ガラガラと崩れていきました。
心に刺さった何かが形をかえた、と、私はすぐにわかりました。
「いまさら?」と笑ってみたけれど、背を向け夕飯の支度をしながら
ぼろぼろ落ちてくる涙を必死に隠していました。
そして、義姉も帰った11月半ば、小学2年生からなんだかんだ一緒にいる
地元の友達が、一人でふらっと我が家へ遊びにきました。
夜、彼女がしてきた1年間の旅の話をきいていました。
海外でのコミュニケーションの難しさ、言葉の壁や文化の違いについて…
その中で、私も嫁にきてから感じた、彼女と同じような経験について
冗談まじりに、笑い話として自分のことを話したのです。
すると彼女は少し沈黙した後に、
「それって、ものすごく……ってことだよね?」
と言いました。そして、彼女が経験した痛みと、私の痛みを思って
泣いてくれました。すごく驚きました。
泣いてる彼女をほとんど見たことがなかったのです。
彼女は漢字2字の単語で、私のこの痛みすべてをあらわしてくれました。
ああ、なんだ、そうだったんだ。と、心にストンと落ちました。
そして、ちゃんとわかってくれる人がいるんだ、と安心しました。
私は少しずつ、自分が何を感じ、どうしたいのか、話せるようになっていくと思います。
そのために、ここに文字にしています。まだ湧き出る涙を抑えられずに、痛みと恐怖を感じながら。
私の心に刺さるものの形が変化を遂げてから、この話をする機会が増えたように感じます。
それは、私に聞かれる準備ができたのか、話す準備ができたのかは、わかりません。
未だにうまく言葉にでてこないことが多いけれど、私はこの痛みを大切に自分一人で
持っていてはいけない気がするのです。
自分の育児がおぼつかないのは、誰のせいでも、環境のせいでもなく、私自身のせい。
そんなことは100も承知で、それでも今は自分のせいでもないように思えます。
この痛みを知るために、そしてこの痛みを誰かと共有するために、私に与えられたもの。
『人は悲しみが多いほど、人に優しくできる』って金八先生の言ってたことが本当なら…笑
私はこの痛みを知ることができて本当に良かった。
この痛みが、誰かの痛みにかわれるのなら、
この痛みが、誰かの痛みに寄り添うことができるのなら、
この痛みが、誰かを励ますことになるのなら、
私は本当に幸せな人間だと思います。
私の心に刺さったものが、寄せてはひいていく波に削られ、
まんまるになったガラスの欠片みたいに、
いつの日か、キラキラひかる宝石になって、
私の心の中で輝くのを、今から楽しみにしています。
それまでに私は、あと何回涙を流すのだろう…
私はずっと泣き続けよう。この痛みを必要とする人がいるかぎり。
そして、必要がなくなるためにできることをしよう。
だから、2014年私はここにこの痛みを置いていきます。
必要とする人に届きますように。
これは私の「自分を治癒する」ための文章です。
私を癒すことにお付き合いくださったこと、深く感謝申し上げます。
ありがとうございました。
2015年も素晴らしい年でありますように。
