大変ご無沙汰しています
前回は梅雨が明けました記事でした
涼しかった夜はあの日だけで
翌日から恐ろしい暑さがやってきました
京都の夏を簡単に説明すると
昼間は35℃を下回らない
夜は30℃を下回らない
9月を過ぎてもほとんどこんな感じです
夜にようやく30℃を下回ると
あー今夜は涼しいなぁと思うようになる
と、すぐ秋が来ます
まぁ、こんな感じです
あーもう!
ほんまにしんどかった!
すいません、大きな声で
言わせてもらいました
10月を過ぎ、ようやく平和が戻ってきました。
前回のブログに書いたことを
実践するのはなかなか大変なことでした
先に母の事を報告したいと思います
コロナ禍の中
病院のお見舞いもできない状況でしたが
リハビリ病院に転院した母は
本当に本当によく頑張ってくれました
手術をしてくださった先生からは
もう元の生活に戻れるとは
思わないでくださいねと
念押しされていました
でも、そんな言葉に母は負けませんでした
2ヶ月半のリハビリ病院での
スパルタリハビリを乗り越え
なんと、手術前より
スタスタとカートを押して
歩けるようになりました
一番驚いたのは手術をした先生でした
退院後の診察の時
先生は車椅子で入ってくる母を
想像してたようで
えー!すごいな!
よくここまで頑張ったね!
こんな顔をしていましたよ
毎日、3時間以上のリハビリ
若くて優秀で熱血の理学療法士さんが
担当になってくださったそうです
毎日、ヘトヘト
それでも、良くなりたい母は
それに食らいついて
歩けるようになったんです!
性格も変わりましたね
頼る人は病院の人たちだけ
おとなしかった母が
なんと、自己主張できる人に変身しました
パッキパキになって帰ってきたんです
父から
お前、変わったなと言われたそうです
はい、停滞していたのは父だけでした
父は91歳
偉そうに言えてたのは母がいてこそでした
もう、天から地に落ちたように
全てがダメダメになりました
私は父と向き合うのがしんどくて
逃げ出したくて仕方なかった
施設にも短期入所しましたが
帰りたいと言って戻ってきて
家では苦虫を噛む潰したような顔をして
その顔を見たくなくて
行く事ができない時もありました
悩みましたー
どうしたらこの事から逃げ出せるか
辛くて、そればかり考えていました
自分と向き合って
あーどうしたらいいんだろ…
そんな日が続いたある日
ふと言葉が降ってきました
「お疲れ様の人生のお手伝い」
父は今までよく頑張ってきた
今はもう余生を送っています
お疲れさまだったよね
私はそのお手伝いをしよう
そう、孫ができたとしても
私は可能なら娘たちを手伝いたい
私が両親に助けてもらったように
正直、本当に正直に言うと
お年寄りの面倒をみるより
未来ある子供たちと過ごせるのは幸せなこと
そう思ってたんです
残念ながら
今の私にはそれはまだ憧れ
ないものねだりをしても仕方ない
逃げですね
その言葉が降ってきて
私の心が軽くなるのを感じたんです
そうやな、ほんまにそうやわ
今、それは私にしかできない
最近、あちこちで言われてる
ワクワクを感じる事はないけど
そんなん言うても
ワクワクの気持ちだけで
何でもできることはないし
父は年齢的に何をするのも
適応に時間がかかる
母が戻ってきても
一緒の生活にも戸惑ったり
今の私はその父のわがままから
母を守る為に奮闘している
元気になっとはいえ
母は無理はできない
次、転けたらもう後がない
色んな方の助けを借りて
自分も無理をし過ぎないように
仕事にも行って
プールにも行って
友達とも過ごして
自分を大切にすることも忘れないで
先月からは
両親の大好きな外食も再開した
はい、食べる食べる
9月に母は89歳
11月に父は92歳になりました
二人は残さず全部いただき大満足
仕事に行く日、それぞれの病院の付き添いの日
プールに行く日、家事の日
日々のお手伝い
なかなかハードな毎日です
それでも、二人で生活をして
元気でいてくれる
それが何より
今の私には平和な日々
ありがたい
ありがたい
私よりもっともっと
大変な思いで介護にされている方は
たくさんいらっしゃいます
私の悩みなんて軽い軽いと思います
私の友人もその一人
お互い励まし合って
頑張っています
励まし合う
それだけでも、その時だけでも
軽くなってまた頑張れます
順送りです
私もいずれ…
たくさん学んでおこうと思っています
読んでいただき
ありがとうございました




