(あっという間!!)
物心ついた幼稚園の頃、幼稚園の先生に
カナダ人のシスターがいたこと、近所に
モルモン教の宣教師のお兄さん達がいたこと。
そんな事からまず英語に興味を持ち、
家では兄と一緒に英語のカセットを聞いたり、
英語を習ったりした。
小学校6年のタイムカプセルの中には
『アメリカに住む。英語を話す。
世界中を飛び回る仕事をする。』と
書いてた。
今はワイナリーとして有名になったけど、当時は
セドナよりド田舎のTemecula(テメキュラ)に
14歳の時1ヶ月間ホームステイ。


この頃から洋楽を聞き、アメリカのドラマや
映画を見、どんどんアメリカに興味を持っていった。
ロサンゼルスからテメキュラに行く道中の
しかし、これが終わると両親お呼びで強制帰国。
この後、東京にあるヨーロッパ旅行メインの旅行会社で
営業及び添乗員をし、夢かなってヨーロッパと
ロサンゼルスからテメキュラに行く道中の
フリーウェイは兎に角大きく、
どこまでも続く広大な大地を見て、
『絶対私はアメリカに住む!』と決めたのも
この頃。

周りの友人が高校から留学していく中、両親の方針で
短大までは日本ということで、
『絶対私はアメリカに住む!』と決めたのも
この頃。

周りの友人が高校から留学していく中、両親の方針で
短大までは日本ということで、
夢は先延ばしになっていた。
短大を卒業し、ようやく留学が出来ることに。
場所は知人の勧めで、当時日本人が少ないと言われた
Chicago。ここで1年語学学校に入学。

(現在のホストファミリー。滞在したのは27年前。子供たちはまだ小さかった)
夏はホームステイをし、冬は校内の寮で生活。
短大を卒業し、ようやく留学が出来ることに。
場所は知人の勧めで、当時日本人が少ないと言われた
Chicago。ここで1年語学学校に入学。

(現在のホストファミリー。滞在したのは27年前。子供たちはまだ小さかった)
夏はホームステイをし、冬は校内の寮で生活。
しかし、これが終わると両親お呼びで強制帰国。
この後、東京にあるヨーロッパ旅行メインの旅行会社で
営業及び添乗員をし、夢かなってヨーロッパと
オセアニアに行くことが出来た。
でも、若かりし私は、歴史あるヨーロッパより、
でも、若かりし私は、歴史あるヨーロッパより、
広大なアメリカに住みたかった。
思い切って会社を辞め、アメリカに旅立った。
LAに到着し、とりあえず職探し。
電話帳を広げ、片っ端から電話。
やはりグリーンカード(永住権)なしでは
どこも雇ってくれない。←当然か…
ただ唯一お手伝いならということで、
小さな旅行会社でバイトすることが出来た。
働き始めて1ヶ月経つか経たない頃、
グリーンカードの抽選がある!と
ガイドさんが情報を持って来てくれた。
これで外れたら日本に帰れ!ということだ、
と思い、出来るだけやってやろう!ということで、
思い切って1000通出した。
すると…
念願かなって当選!
無事グリーンカードをGetし、
思い切って会社を辞め、アメリカに旅立った。
LAに到着し、とりあえず職探し。
電話帳を広げ、片っ端から電話。
やはりグリーンカード(永住権)なしでは
どこも雇ってくれない。←当然か…
ただ唯一お手伝いならということで、
小さな旅行会社でバイトすることが出来た。
働き始めて1ヶ月経つか経たない頃、
グリーンカードの抽選がある!と
ガイドさんが情報を持って来てくれた。
これで外れたら日本に帰れ!ということだ、
と思い、出来るだけやってやろう!ということで、
思い切って1000通出した。
すると…
念願かなって当選!
無事グリーンカードをGetし、


