事実をもとに作られた映画イントゥ・ザ・ワイルドは、俳優でもあるショーン・ペンが10年近くの歳月を費やした後に監督として世に送り出した力作だそうな。
現に、第80回アカデミー賞では助演男優賞と編集賞にノミネートされてますね。
USENからあらすじを紹介すると、、、
「1990年夏、アトランタの大学を優秀な成績で卒業した22歳のクリスは、将来へ期待を寄せる家族も貯金も投げ打って、中古のダットサンで旅に出る。やがてその愛車さえも乗り捨て、アリゾナからカリフォルニア、サウスダコタへとたった一人で移動を続け、途中、忘れ難い出会いと別れを繰り返して行く。文明に毒されることなく自由に生きようと決意した彼が最終的に目指したのは遙か北、アラスカの荒野だった。」
最終的に、主人公はアラスカの地で誰に知られることもなく22歳の生涯を閉じます。いたいが発見されたのは死後2週間ほどのときだそうです。
様々な方の映画のレビューに目を通しましたが、この映画を見た感想は(当然のことですが)人それぞれですね。
その中で、僕がもっとも注目したのは、彼の両親への感情です。
アンソニー・ロビンズによれば、人の行動の源泉は感情です。
映画を見て、彼が両親に対して抱いた感情に同意する人も多いようです。
コーチとして常々、「共感すれど同意せず」というスタンスをとっている私から見て、彼の感情には共感すれど同意できない点が多いです。
彼は両親に非常に批判的で、恐らく旅の動機の中で最も大きなものは、映画の広告にあるような「自分探し」ではなく「両親に迷惑をかけること」だったのではないかなーと想像します。
そのように考える理由は、彼には妹がいますが、彼女の言動が兄とは全く違う点です。
同じ両親のもと育った妹は、当初は兄(主人公)に同情しています。
「兄は繊細だ」と。
しかし、映画の後半ではこの意見に変化が起こっています。
「兄の批判が正しいか分からない」と。
アンソニー・ロビンズはこう言います。
「Nothing has any meaning except the meaning we give it.」
つまり、世界のできことには全て特定の「意味」はなく、我々が「意味付け」を行うのだ、と言うことです。
多くの人が勘違いしますが、ある人にとっての「真実」はあくまでもその人のフィルターを通じて形成されたものです。
主人公が「事実に基づき、両親はひどい!」と主張しているのさえ、それは事実ではなく、「彼はそう感じている」にすぎません。
コーチングをしていて良く感じるのですが、多くの人は「自分がつくり出したイメージ」に対して怒ったり悲しんだり、そして喜んだりしています。
全ての出来事には意味がなく、あくまでもその意味付けを自分が行っているとしたら、あらゆる出来事をハッピーに捉えることも、ラッキーに捉えることも、チャンスと捉えることもできるはずです。
とは言っても、やっぱり腹が立つことも、落ち込むこともありますよね。
まあ、そのためにコーチが居るという噂もありますし。
ただし、コーチを雇わなくてもできることもあります。
何かが起こった時に、考える前に「ラッキー!」とか「チャーンス!」と叫んでみるのです。
そして、続けて「なぜなら、、、」と自分で言い出します。
そのとき、脳の中では様々なことが起こっています。
脳の3大原則の2つ目は「脳は空白を埋めたがる」というもの。
ゲシュタルトと呼ぶ人も居ますね。
途中でやめられると、その続きが氣になるのも人間のサガ。
ツァイガルニク効果とも呼ばれます。
その結果、「なぜなら、、、」の後半部分を埋めてハッピーエンドにしようと、脳が勝手に働き始めます。
これは無意識下でも働き続けるので、無理矢理にでも理由が思いついてきます。
これを心理学上では、認知的不協和や一貫性の法則とも呼びますね。
一度きりの人生、文句ばかり言って何もせずに終わって行くのと、夢や目標に向かって生き生きと暮らすのとではどちらがいいですか?
自分に力を与える言葉を自分にかけてあげましょう。
今日、この記事を読んだのものラッキーでしたよね?
その理由は、、、
まずは、「ラッキー!なぜならば、、、」と叫んで自分の脳に聞いてみましょう。
