ミスターゴング
全日本プロレス中継を土曜日のゴールデンタイムで見ていた世代にとって、解説の竹内宏介さんと言えば、いまでも「プロレスの解説者といえば」と聞かれたらパッと思い浮かぶ人物だろう。
同じ頃、金曜の『ワールドプロレスリング』で解説をしていたのが故・山本小鉄さんだが、小鉄さんは「元プロレスラー」とか「鬼軍曹」のイメージのほうが強い。竹内さんのソフトな口調ながら、時に興奮して声が裏返り、豊富な知識と経験からいろいろな情報が随所で飛び出す解説こそ、私が人生の中で初めて触れた“プロレス中継の解説”だ。
で、竹内さんといえば『ゴング』だ。『ゴング』の創始者で、編集長なども務めた竹内さん。私はそういうプロレス専門誌に所属したことはないが、子供の頃から『ゴング』や『週刊プロレス』などを毎週毎週読んだのが大きく影響して、いまの仕事をしている。
そんな私がまだ専門学生時代、あるバイトでIWAジャパンの川崎球場大会(1995年)の取材に行った際、会場で竹内さんを見かけ、いきなり「はじめまして。僕、○○で記者のアルバイトをすることになった佐瀬です。よろしくお願いします!」と名刺を渡したのが、竹内さんと接触した最初で最後の機会となった。
その後、不思議そうな表情でしげしげと名刺を見つめる竹内さんの姿をいまでも覚えている。いまにして思えば、何者かも分からない若造から名刺を渡されてもご迷惑だっただろうなぁ。
そんなミスターゴング、竹内さんのご冥福を祈りして、私は今日もプロレス会場に記者として取材に行きます!
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同じ頃、金曜の『ワールドプロレスリング』で解説をしていたのが故・山本小鉄さんだが、小鉄さんは「元プロレスラー」とか「鬼軍曹」のイメージのほうが強い。竹内さんのソフトな口調ながら、時に興奮して声が裏返り、豊富な知識と経験からいろいろな情報が随所で飛び出す解説こそ、私が人生の中で初めて触れた“プロレス中継の解説”だ。
で、竹内さんといえば『ゴング』だ。『ゴング』の創始者で、編集長なども務めた竹内さん。私はそういうプロレス専門誌に所属したことはないが、子供の頃から『ゴング』や『週刊プロレス』などを毎週毎週読んだのが大きく影響して、いまの仕事をしている。
そんな私がまだ専門学生時代、あるバイトでIWAジャパンの川崎球場大会(1995年)の取材に行った際、会場で竹内さんを見かけ、いきなり「はじめまして。僕、○○で記者のアルバイトをすることになった佐瀬です。よろしくお願いします!」と名刺を渡したのが、竹内さんと接触した最初で最後の機会となった。
その後、不思議そうな表情でしげしげと名刺を見つめる竹内さんの姿をいまでも覚えている。いまにして思えば、何者かも分からない若造から名刺を渡されてもご迷惑だっただろうなぁ。
そんなミスターゴング、竹内さんのご冥福を祈りして、私は今日もプロレス会場に記者として取材に行きます!
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