本文と写真は関係ありません
先日のブログ、朱に交われば赤くなる で、
変わる時(ここでは決別する時)には、
何処にいるかでは無く、
誰といるか・・・
これが大切。
という内容を書きました。
今日はその中で触れなかった、
「過去の自分と決別する」
について書きたいと思います。
以前にブログでも
こんな事を書いたので矛盾になるかもしれませんが、
書きたいと思います。
そもそも過去の自分と決別したい
こう思うのはどんなシチュエーションなのか。
・将来なりたい自分が、過去や今の自分と違う
・将来の夢に向かうに当たって過去の自分じゃだめ
・過去にとてつもない後悔がある。
挙げればきりがない程、
いろんなシチュエーションが
考えられると思います。
そもそも、前述のブログの話しの思考の人には、
「過去の自分と決別」というセリフは
かなり強烈な言葉に聞こえるかもしれませんが、
私はこの「過去の自分と決別」は大賛成です。
全てを否定する訳では無く、
愚かだったり、浅はかな自分のいくつかの部分と決別すればいいのです。
それは、
必要に迫られて仕方なく行動を起こすケースもあります。
自ら積極的に変わりたいと願い変わるケースもあります。
生きていれば、
失敗や過ちや遠回りは必ずあり、
これからに活かしていけばいいと思っているので、
なおさらそう思います。
守りたいものがある時、
手に入れたいものがある時、
何かを優先するために
何かを捨てなければいけない時
どんな事情があるにせよ、
仕方がない事があるにせよ、
日々選択して生きていかなくてはいけません。
全ては手に入らない。
話しが脱線しました・・・・
決別をする時、
変わる時には、
自己否定が良いと思います。
これも以前にブログ(自己肯定と自己否定)で書きましたが、
徹底的に自分を疑い否定し、新たな自分を手に入れる。
この作業はとてつもなく苦しいですし、辛いです。
失敗するケースもあります。
しかし、その悩み、何かに向けて進んでいる姿は
決してマイナスでは無く、美しい姿だと思います。
もがき、苦しみながら、
それでも立ち向かい、努力を続ける事は
人間に与えられた素晴らしい能力だと思います。
自分にとってマイナスな状況を
飲み込んで耐え忍ぶのでは無く、
自ら道を切り開けるように努力をする。
そんな努力を始めると、
その行為が間違っていなければ、
応援してくれる人も集まり、
自ずと良い方向へ進んで行けるように思います。
