こんばんは
だにえるです。

新年度の始まりは新年の始まりより騒々しいように思います。
仕事の始まりでツイッターには絶望の呟きが溢れているようにも感じます。


僕は「だにえる」として曲を書き、弾き語りをしていますが、努力が報われない世の中や、生きることのつらさ、絶望について歌詞を書くことがとても多いです。
それは、相手を顧みないただ前向きなだけの応援ソングに忌避感を持っていることもあるし、心が削れて磨り減った人に届き、響く曲、人間の本質を突く音楽とはそういうものなのだろうと思っているからです。

でも、「絶望」について書いた曲だからといって、絶望を伝えたいわけじゃありません。

皆さんは『レディ・ジェーン・グレイの処刑』  という絵画を知っていますか?
19世紀のフランス画家ポール・ドラローシュの作品です。
16世紀にイングランド史上初の女王となったジェーン・グレイが今まさに斬首される光景を切り取っています。
僕はこの作品を始めて生で見た時、鳥肌が立ったのを覚えています。

レディ・ジェーン・グレイはこの後殺されてしまう。その瞬間を切り取った絵画は確かに「死」を描いています。ですが、僕はこの絵画から「生」を感じました。
今まさに死へ向かっていくレディ・ジェーン・グレイの肌の下には確かに血が通っていて、瑞々しい素肌をし、暗い画面の中心で汚れひとつ無い純白のドレスを身に纏っています。そこにはありありとした「生」があったのです。
画家の本心は到底分かりませんが、「死」を描くことで見事に「生」を表現していました。

話を戻しますが、だにえるは絶望について曲を書いています。
『波打ち際の砂の城』も
『うつむけば空』も
『言葉の抜け殻』も
『いつもよりも息をしていた』も
そこには、どう頑張っても報われない人生の不甲斐なさや、息つく間もなく走っても迫り来る底知れぬ不安や、避けられない不幸など、そんな現実が描かれています。

でも、そのうたで伝えたいのは決してありのままの現実ではないのです。




僕が伝えたいのは…