陽性になったわたしができることは…
流行り病にかかったわたしが、いま、できることってナニかないかなぁ…と、ずっと考えてました。 わたしが思いついたのは、この病にかかる前からの心構えだったり、かかった時の心持ちだったり、何よりこのウィルスに対しての思いだったりを、ここに書いてみよう!ということでした。 ちなみにコレはわたしの真実であって、わたしの真実を表明しているだけです。 まずこの2年近い流行り病騒動の間、我が家はとにかく、食べ物にこだわり続けました。 食材はできる限りオーガニックスーパーや、地元農家で購入していました。身体作りが大事だと思い、そこへの投資は惜しみませんでした。ロックダウン期間も長かったので、楽しみを兼ねてキムチやザワークラウト、麹などの発酵食品を手作りし、腸内環境を整える努力をしていました。 食事以外には、この騒動に関するニュースやテレビを極力見ないように心がけていました。これらの情報は、わたしにとっては真実を知る手段というよりは恐怖や不安を増殖させるだけだったので、自然と避けるようになりました。本当に必要な情報は、日本領事館が送ってくれるメッセージで確認していました。 旅行へ出かけることも減りましたが、家の中を居心地よく過ごせる空間に替えることもしました。今では、南側の窓際に畳マットを敷いて日向ぼっこしながらの昼寝や、庭で餌を食べる小鳥たちをボケーッと眺めることだけで幸せを感じています。自分の居心地がよいと感じること、自分が幸せと感じることをとことん大事に生活するようになりました。 そんな感じでここ2年近く生活していましたが、ついに流行り病にかかってしまいました。 最初は38度の熱と頭痛が1日、それから3日間は帯状疱疹の痛みよりも強い痛みを身体の上半身に常に感じ、寝るのもやっとといったところでした。この時は簡易検査をしても結果は陰性。不思議でした。 4日目になる頃には身体の痛みは消えましたが、とにかく疲れが抜けない。そして、味覚、臭覚がなくなっていました。ただこの時は検査もせず、風邪の治りかけの症状だと思ってました。 週末をはさみ月曜日の朝、娘が幼稚園へ行くので、身代わりで簡易検査をすると結果は陽性になっていました。ウィルスに対しての防御をしていないわたしは、2回目に違う検査キットで検査しても結果はくっきり2本線が出てました。 ちなみに、お父ちゃんも陽性でしたが、彼は2回の防御をしていたためか、線も薄っすら。 翌日にかかりつけ医でPCRテストをしてもらい、2日後にようやく夫婦で陽性確定のお知らせを受けて今に至ってます。引き続き、味覚臭覚がなく、身体もすぐに疲れます。 かかった!とわかった時の、わたしの最初の正直な気持ちは… やっと終わった!という安堵の気持ちでした。この先どうなるかとか、治るのだろうかとか、そういう気持ちは皆無でした。 やっとアナタと一緒になれたのね!という気持ちに近いかもしれません。 無防御のわたしと、2回の防御済みお父ちゃん、陰性であり続ける娘との生活で気づいたこともありました。 やはり防御した人と無防御の人では、治るまでの経過の進みが違うな!ということ。これは事実なんだな!と、わかりました。 ただ、わたしはそれでも今後も無防御で生きていきます。 流行り病が悪い。○○ちんが悪い。○○ちんしない奴が悪い。 正直、わたしにはどうでもよいことなんです。わたしにとっての大事なことは、流行り病にかかっても大丈夫!○○ちんしても大丈夫!○○ちんしてなくても大丈夫!全部アナタがアナタの意思で覚悟をもって決めたことならば、それは全部、大丈夫!ということです。 いろんな人たちが地球という星に一緒に住んでいるのだから、ウィルスだって一緒に住みたいよね!みんなで仲良く共生していこうね〜!ってのがわたしの考えであり真実です。 ありがとう◎