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mixi日記にも書いたのですが、こちらにも転載しておきます。

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ついに白星なしの5連敗となってしまいました。
見ていてとにかく寂しいです。
4日目の取組、相手もベテラン豪風関でしたが、立ち合いの変化を食らい、あっさりと後ろにつかれて敗れてしまいました。この一番を見て、涙が出そうになってきました。
もともと豪風関は若関にとってはあまり得意な力士とはいえず、むしろ苦手な力士に入るのかもしれませんが、こんな負け方はしないよと。
そして今日、5日目。佐田の富士関に立ち合いから先手を取られ、やはりいなされて後ろにつかれて負けてしまいました。

今場所の若の里関。見ていて非常に1月場所の雅山関と重なってしまいました。
前の場所負け越したもののぎりぎり幕内にとどまることができて、この位置ならまだやってくれるだろう。そういう期待を横目に雅山関は負け続けてしまいました。若の里関もそうなってしまったのか…。そう思うとなにかやりきれないです。

僕が若の里関の存在を知ったのは、平成4年5月場所でした。
この時、僕は高校1年生。若の里関も高校に進学していれば同じ高校1年生だったことでしょう。申し遅れましたが、私、若の里関と同級になる昭和51年生まれです。そしてこの平成4年5月場所は僕と同い年の中卒力士たちが初めて番付について場所でした。そんな場所で(ここからは敢えて古川と呼ばせていただきますが)、中学卒業したての僕と同い年の力士が序の口優勝。それを見て「いずれ、こういう奴が関取になるんだろうなぁ」と思い、そこからずっと古川の番付、成績を追っかけて行きました。

僕らと同い年ではやはりその後、廣島が序の口優勝したり、高卒で志賀が入門して来たり、大学出では田宮や加藤。僕と同い年の力士が後々こんなに活躍するとは、と感激するように同い年の力士たちを見ていましたが、その中でもやっぱり気になっていたのは古川でした。

出世という意味では、廣島や志賀の方が早く十両に上がりましたが、それでも、高校生の時から毎場所、スポーツ新聞で古川はどうだったんだろう、とチェックするのが楽しみでもありました。ですから、廣島改め千代大海、志賀改め栃東には後れをとったとはいえ、古川改め若の里が十両に上がった時は、本当にうれしいものでした。

「こういうやつがいずれ関取になるんだろうな」と思わせてくれた古川、それも同学年で中学卒業と同時に入門した力士が関取になった。「こういうやつ」が僕の期待通りに関取になった。見ているだけでこう思えるのですから、若の里関自身はもっともっと嬉しいときだったのだと思います。

平成10年代に入ると、51年生まれの時代が来た!と思わせるくらい、若の里関をはじめ同い年の力士たちが番付の上に来るようになりました。千代大海関は優勝、大関を成し遂げ、関脇小結には毎場所入れ替わるかのようではありましたが、若の里関はじめ、栃東関、琴光喜関、そして若の里関と同部屋同期の隆乃若関。もう見ていて本当に楽しい時代でした。

ただ、残念なことに平成13年に僕は就職をし、ちょっと大相撲を見る時間が無くなってきてしまいました。結果はずっと見ていましたが、若の里関が三役にい続けた時代をしっかりと見られなかったこと、これは心残りでした。でも、そんなことを忘れさせてくれるかのように、若の里関は息の長い力士になりました。

51年生まれの関取衆が次々と引退していきました。
気づいたら朝青龍関や白鵬関にも超えられてしまい、厳しい言い方をすれば彼らのカベにはなれなかったのかもしれません。それでも若の里関は成長著しい白鵬関を得意としていました。「ベテラン」と呼ばれるようになっても、若い力士のカベになっていたんだと思います。

とはいえ、時がたつのは残酷なのかもしれません。
弟弟子の稀勢の里関が一気に上がっていきました。そしてついに、僕らからすれば1まわりを超えて年下の高安関も三役の座につきました。

もしかしたら若の里関も自分の時代は終わったと感じてしまったのでしょうか。
若の里関が今、どんな思いで弟弟子たちを見ているのかは分かりません。でも、僕はここまで鳴戸部屋を引っ張ってきた若の里関が引いてしまうことで、稀勢の里関や高安関が自分たちが鳴戸部屋を引っ張っていく、という思いを強くして、さらに番付を上げられるのなら。いろんな思いがあると思います。ただ、どんなことを言っても、大相撲の番付は強いものが上。寂しいながらも、今場所の若の里関は強いとは言えず、何かその先を見据えてしまっているようにも感じます。気づけば先代師匠がなくなってしまい、今の師匠は若の里関とはやはり同部屋同期生の元隆の鶴関です。もしかしたら、若の里関も師匠、親方として弟弟子たちを鍛えていく立場になりつつあるのかもしれません。

21年前。同い年の古川という力士を知りました。
ずっと見ていました。そして気づけば同い年の関取も若の里関1人になり、まだまだ若の里を見たい!そういう思いもありながらも、やはり弱い若の里関は見たくはありません。小学生の時から大相撲を見ていて、同い年の力士が入ってきて、まだ幕下以下には同い年の力士もおりますが、若の里関が引退してしまった時。僕の大相撲観戦も、一幕降り、新しい時代に入っていくのだとも思っています。まだまだ引退してもらいたくない、でも、もうよくやったよ若の里、とも言いたいくらい、頑張ったと思います。

僕は何が起こってもおかしくない、決断の時の覚悟はできました。
もちろんその時まで若の里を応援し続けます。それが明日であっても5年後であっても。

ただ、終焉が近いのは感じずにはいられません。
最後の力なのか、それが残されているのかもわかりません。

だからこそ。最後まで精いっぱいやって、幕内に踏みとどまるのか、十両に落ちても続けるのか、いろんなことあると思いますが、若の里がいつ引退しても後悔しないように、そしてそうならないように若の里関がまだ勝利に向かえるように、陰ながら、最後の最後まで応援し続けたいと思います。

最後に関取に対しては失礼な言い方かもしれませんが、同い年の奴の激励だと思って読んでいただけばと思います。

「古川!もうだめだと思うところまでやってくれ!ただ、古川の決めたことには何も言わん、その時はそれが明日だろうと構わないからそこからゆっくり休んでくれ。最後の力を振り絞って勝て!俺は応援しているぞ!」

頑張れ、若の里。