現実に戻るリハビリ@ヨドバシのヤフカフェ。
今日は朝から親友Uと苦楽園をドライブしてきました。中国茶を出すカフェを見つけてランチ&お茶。
プーアール茶が、さし湯してもさし湯しても濃いままで笑ってしまいました。こんな少量の茶葉で何杯飲めるの。
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今は、岩塩のらんぷを日本でも使えるかヨドバシカメラに来つつ、F子を待っています。
日本で使えるかって頭にあったようでなかったのです。電圧違うし。
ヨドバシの店員さん「変圧器を使わないとらんぷはつきませんよ」。変圧器6000円。
らんぷは50ズォティだったので、賭けで300円のプラグのみお買い上げしました。
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そして
なんでドイツでダリ、なんて厳しいことは言わず。日記帳探してたんだもの。でももったいないのでもう一冊
買ってそっちから使っています。
ウォッカ、ジュブルフカ、岩塩のランプ(コンセントどうするの)
プラツキ・ジェムニツァーネ(Placki ziemmniaczane)
すりおろしたじゃがいもと玉葱をパンケーキ風に焼き、鶏肉や野菜をパプリカで煮込んだソースをかける
アイスクリーム。どれを選ぼう☆★ 1.5zl(45円)くらい
ジュレック&コトレット・スハボヴィ(Zurek& Kotlet schabowy)
もはや私の大好物としてスザ家で認識されている、ジュレックという発酵ライ麦の酸味のあるスープ。
日本でいう味噌汁。コトレットはカツレツ。つけ合せはマッシュポテトと、炒めた玉ねぎとキノコ。
またまたジュレック(Zurek)
と、
水餃子のようなもので、中身はひき肉とチーズ。上のオレンジ色のはパン粉をバターで溶かしたソース。
サワークリームをかけて食べる、フルーツやチョコが入った甘いのもある(苦手)
ザピカンキ!(Zapiekanki) チーズとキノコのピザ。
ピーターが嬉々として作ってくれた↓
ひきわり麦と豚の血を詰めた黒いソーセージ。味がするようでしない。血のぺっとりした感じで顔がひきつってしまいました(><) これも半分が限界。ごめんピーター、バルシチ(Barszcz)は美味しかったよ
ショッピングモールで買ってもらったプリッツェルみたいなパン。ケシの実がかかってます。オピウム。
はい時差ボケ。まだ起きてます。
だってポーランドは、今でも夕方の6時。
行かないって言った時は本気で、あの時点では本当で。行くと決めて航空券取ったのが2月1日。
友達と休みが合わないから、今回は厳しいかも。ってメールをしてたのに、スザから「で、searchingはいつくるの?」ってメールが来て、オランダかイギリスかアイルランドか迷ってたのが白紙になりました。
返事変わりに電話して「searching!いつ来るの?」「今週末、3日後夜8時」って言ったらさすがに笑ってた。
で、本当に3日後の夜8時に私はポーランドのクラコフ空港に立ってたわけです。
飛行機から見える初めて来た時寒々しく映ったクラコフの夜景が、今回は懐かしい光に見えました。
到着口にピーターとマルタが立ってて、ハグとキス。スザは赤ちゃんがいてもう寝てるらしい。
でも家に着いたら起きてて迎えてくれた。熱烈なハグとキス。ママとパパも来て、お土産を渡して、とりあえずパパの作ったウォッカと私の持っていった焼酎で乾杯しました。Na zdrowie!
こんなかわいいベイビー見たことないってくらい天使だった…アップにすると青い目がハートを射止めます
ここは路上美術館
スターシュかなりやる気ない。まぁ必死にかけ回る他の子どもたちを見てるだけでも楽しめました。
左下の幾何学模様は、スザンナのイメージする日本語。
ポーランドは死ぬほど寒いとおびえてたけど、全然寒くなかった。私の行く2週間前くらい?にマイナス30度になったけど、それは向こうでも30年ぶりくらいの珍しい寒さ(ピーターの父談)だったらしく。
ここは周辺の欧州諸国に比べて観光客が多くないし、派手な見どころも洗練された店もないけれど、
観光地より、気温より、人の心があったかかった。
以下、ちょっと詳しく書かせてください。
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○国名 ポーランド共和国 (Republic of Poland)
○人口 3863万3912人 (約90%がカトリック教徒、プロテスタント、ロシア正教など約10%)
○民族構成 西スラブ民族ポーランド人98%、ウクライナ人、白ロシア人、ドイツ人など2%
○面積 31万2683k㎡ (日本の約4/5)
○言語 ポーランド語 (インド・ヨーロッパ語族スラブ語派)
○通貨 ズウォティ Zloty 1zl=約30円 ※日本では両替できない。
○失業率 約15%
○首都 ワルシャワ (Warsaw)
クラコフ(krakow) は1386-1572まで続いたヤギェウォ王朝の首都。
○その他 アウシュビッツ(オシフィエンチム)がある。
前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の祖国。
ショパン、コペルニクス、キュリー夫人などが出身。
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国名は中世高地ドイツ語の“POLANE(平地の人々)”に由来し、現地語でPolska ポルスカ。
ポーランド人は、国家消滅という悲劇を繰り返してきたゆえに強い愛国心を持つ。一方で自立と個人主義を特徴として強い精神を尊ぶため、国家への服従は容易ではない。
外国人の訪問を歓迎するが、自国に対する誇りを伝える気持ちが強く、ドイツやロシアによる占領については強い拒否反応を示す。そのためか、周辺の旧東欧諸国の人々に比べて外交的ではっきりものを言う。
宗教が心の拠り所で、北半球で最も敬謙な国民と言われ、成人の半分以上が毎週ミサに出席する。
これはフランス・スペインの倍以上。
ロシア、リトアニア、ベラルーシ、ウクライナ、スロヴァキア、チェコ、ドイツの7カ国と隣接しており、ポーランド料理は周辺諸国から影響を受けたものが多い。
牧畜が盛んで、保存食として発達をとげたハムやソーセージが美味しい。チーズやアイスクリームなどの乳製品も美味。
写真200枚も撮っちゃった。
マルタが別れ際にキスをしながら言った “I hate to say good-bye but I have to.” ということばや
バスタブで食器を洗ってる私のところに(この家は住み始めたばかりで、内装も自分たちでするのでキッチンにシンクがないのです) スザが来て“I am really happy when you are at our home. ”と言ったこと、
あとの家族は英語が全く通じないので、ジェスチャーのみの意思疎通。
だけど、お茶を飲みながらリビングで本を読んだり、スターシュと遊んだり、フェリックスをあやしたり
ゆっくり時間が流れていました。
朝起きるとフェリックスを抱いたスザが朝食の用意をしてて、スターシュがばたばた2階から降りてきて
皆で朝食を食べて、家の前でそり遊びをしたり、買い物に行ったり
夜になって、仕事が終わったマルタやマルタの彼氏が集まったらお酒を飲みながらビデオを見て大笑い。
眠くなったら「ドブラノッツ(おやすみ)」と言ってベッドに向かう。
言葉が通じても、なかなか同じこと思ってるって実感できることってないのにねぇ。
変なの。なんで私ポーランドの家庭に溶け込んでるんだろうか。
やっぱり縁てあるんだ。神様に感謝したくなるのは、こんなときだなぁとしみじみおもう旅でした。

































