2月6日の金曜日。部屋でスウェーデン語の勉強をしているとマットが入ってきた。
マット:「新しい仕事入ったよ!余分な枝を切り落としていくだけの簡単な仕事だ。でも時給制の仕事だから稼ぎはいいぞ。たぶん3~4週間ぐらいは続く仕事だと思う。やってみる?」
そんな単純作業でいい給料もらえるのか。前回のパッキングの仕事は給料がいい代わりにボスがちょっとピリピリしてたけど、これで今回職場のボスが優しかったら最高の職場ですな^^
そして翌週の月曜日。マットについて行ってその枝を切り落とすトリミングの仕事があるファームへ向かう。このファームは非常に大きい会社の経営しているシトラス(オレンジとかの柑橘系の果物の事)ファームで、見渡す限り一面オレンジの木ばかりだ。あまりにも敷地面積が広いため、歩きで移動するのは不可能で、ファーム内の移動は車を使う。
そしてファームのメインオフィスに着くと、出迎えてくれたのはウェインという男。非常に体格のいい人で、見た感じ身長190cm体重100kgぐらいはありそうな感じだ。そして関係のないことだが、なかなかいい声をしている。ウェインは早速労働条件や今後の1週間の仕事の流れなどを大まかに説明してくれた。業務内容はトリミングで、具体的にはまだ大きなオレンジの木に成長していない小さな木から生えている吸枝(sucker)と呼ばれる小さな芽みたいなものを金切鋏(snips)でひたすら切り落としていくというもの。この吸枝と呼ばれるものはアスファルトの間からはみ出てくる雑草のようなもので、ほかっておくとどんどん生えてきて、本来メインの枝が吸うべき養分をこいつらが吸い取ってしまうので、ちゃんとメインの枝が育つように吸枝は徹底的に切り落とさなければならないのだ。
時給は21ドルで、週の労働時間が40時間を超えなければ何時間働いても労働者の自由。何時にファームに来て何時に仕事を切り上げてもそれも自由。タイムシートにその日その日の労働時間を記入し、それを基に次の週に給料が支払われるというしくみだ。既にこの仕事を始めてしばらく経つ地元のオーストラリア人女性のトレイシーとバーバラは、この時期は大体朝の6時過ぎぐらいにファームに到着して働き始め、昼の2時とかには仕事を切り上げるらしい。人によっては金曜日は仕事を早く終わりたい人もいるから、普段は8時間働き、水曜日あたりで10時間働いておいて、金曜日に6時間だけ働いて切り上げるというスタイルもありだ。
この仕事、始めてまだ1時間とかそこらの時は別になんともなかったのだが、3時間4時間と経過すると、木の低い位置にばかりある吸枝をしゃがんで切り落とすという作業を長時間続けるのは意外とキツイのだなという事に気付いた。僕はウエイトトレーニングを長年やっていて、バーベルを肩に担いでのスクワットもやっていたので、何も担いでない状態でしゃがんだり立ったりを繰り返すのは何でもないだろうと思っていたのだが、それはあくまで短時間での話だった。1回1回の負荷の大きさは大した事なくても、それを5時間も6時間も8時間もずーっと続けていると、体に溜まる負荷はそれなりに大きなものとなり、なかなか堪えるのだ。特に初日はこのような動きに慣れていなかったせいか、けっこう筋肉痛になった。この日から一緒に働く事になったイギリス人の女の子のタリは「もうベッドから起き上がれない」と思うほどの筋肉痛になったらしい。
だが慣れてくれば意外となんでもないもので、日が経つにつれて筋肉痛の問題は解消されていった。この作業は一度やり方を教えてもらったら、同じ作業を1日中続けるだけの単純作業の仕事であり、ある程度動きが自動化してきたらほとんど何も考えていなくてもできる。スキルも何も特にいらない。ではひたすらこのような仕事をしている時間は無駄に感じていたかというと、そんな事は全くなかった。実はこのような単純作業をしている時というのは、何かじっくりと考え事をするのに非常に適した状況なのだ。
以前僕は大学の無料オンラインコースでカリフォルニア大学サンディエゴ校のLearning How to Learnというコースを受講していたという事について少し書いたのだが、このコースのビデオレクチャーによると、人間の思考には大きく分けて2つあるのだという。1つはFocused Modeと呼ばれる思考パターンで、何か1つの事に集中して考えている時に使われるものだ。今現在取り組んでいるその1つの事に対しては集中力が高まり作業効率が上がる反面、他の情報はシャットアウトされがちなので、視野が狭くなって柔軟な思考が妨げられたり、ひらめきがなかなか入ってこないという難点もある。
もう1つはDiffuse Modeと呼ばれる思考で、特に1つの事に集中しておらず、何か漠然とぼんやりと、時にはほぼ無意識レベルに近い感じで思考を働かせている状態だ。このような状態では、集中力には欠ける一方で、思考回路は柔軟性を持っているので、何か新しい事を急にひらめいたり、思い出したかったけれどなかなか思い出せなかったものを急に思い出したりする事ができたりする。「探し物は探すのを止めた時に出てくる」などと言われたりするが、それはFocused Modeの思考回路で一生懸命探し物をしていた時は盲点になって気付かなかったが、いざ一生懸命探すのを止めると脳の思考回路がより柔軟性のあるDiffuse Modeに変わるから、気付かなかったものにも気づくようになって探し物が見つかるようになる、、、という具合に、意外と科学的に説明のつくものだったりする。
Diffuse Modeの思考回路がひらめきに貢献していると思われる例は意外とそこら中にある。例えばこれもLearning How to Learnのビデオレクチャーで出てきた話だったが、発明王と呼ばれたエジソンは何か新しい発見をひらめいたのはうーんうーんと考え込んでいる時ではなく、大抵ソファーなどに座って特に何もせずにボーっとしている時だったのだそうだ。また、難問に挑戦している数学者が答えを閃きやすいのも、机に向かって考え込んでいる時ではなく外をブラブラと散歩している時だそうだ。それから、フィクションの話ではあるが、アニメ「楽しいムーミン一家」でムーミンパパが自身の書いている小説のネタが出なくて話が先に進まず悩んでいる時に、インスピレーションを得るためにちょっくら旅に出たりする事があるが、これも机に座って考え込むよりも、小説とは関係ない事をしてリラックスしている状態でひらめきが頭に飛び込んでくるのを待っているのだから、合理的な行動と言えると思う。
話は戻って、このDiffuse Modeの思考回路が使える単純作業のファームの仕事は、個人的には僕にとっても実りのある時間となった(僕の場合はとてもエジソンのような影響力を世の中に及ぼすようなレベルではないが)。例えば、このブログで書いている文面のほとんどはこの単純作業の間に思いついたものである。何かピーンときたら、ちょっとした暇を見つけて手元にあるノートとペンで軽く箇条書き程度に書きたい事をメモしておくのだ。ひたすらウンウン唸って絞り出して考え付いたものではない。このように特に何かに集中しておらず、暇だな~と感じているような時間は決して無駄な時間ではなく、十分生産的な時間になりうるのだ。スケジュールぎっしりでボーっとする暇など1分たりともないような生活を送るよりずっといいと思う。ボーっとする暇がないほど四六時中何かに集中力をすり減らさなければならない生活をしている人は、ものごとをじっくり考えたり、柔軟な思考を働かせるための時間が非常に取りにくく、それがその人の生き方の可能性を狭めてしまう事もあると思う。
おぉ、話をファーム関連に戻したと思ったらまたDiffuse Mode関連で話が逸れてしまった。今度こそファームの話に戻そう。このトリミングの単純作業の仕事、時給がよくて、出勤時間退勤時間を自由に決められて、そして作業中にDiffuse Modeでいろいろ考え事をする事ができる。ではボスはどうなのかというと、ボスは超やさしい。というか緩い(笑)
ウェインは大体1日に1回どこかのタイミングで僕とタリの働きぶりをチェックしにくるのだが、毎回言われるのは「元気にやってるかい?」「速さを競ってるわけじゃないから、急がなくてもいいよ!」「うん!グッドな働きぶりだね!^^ No worries :D」のセットであると相場が決まっている。作業の取り組み方とかでも直される事はほとんどない。むしろ「あの~、もうちょっと『ここはもう少しこうしなさい』とか指導が入る所はないんスかね?^^;」と心配になるぐらいだ。それにしてもこの職場、給料は出来高制ではなく時給制なのに、従業員に作業を急がせるどころか逆に「急がなくていいよ^^」とわざわざ向こうから念を押すように声をかけるとは。普通経営者側の立場で考えてみたら、同じ給料払って同じ時間働かせるんだったら、作業を急がせてよりたくさん働かせた方が仕事も進みそうなものなんですけどねぇ?それをやらないって所がなんかのほほんとしてて微笑ましいですな。
てなわけで、レンマークにファームの仕事をしにきて、3件目で天国のようなファームがキましたーーー!!!\(^0^)/強いて言うなら、ウザいものはそこら中に飛び回っている大量のハエがストーカーの如く顔めがけてくるのと、所々長いトゲがついた茎が地面に転がってたりしてシューズの横あたりから刺さってしまう事があるぐらいかな。でもこんな程度で文句言ってたら罰が当たりますな、スンマセン。
またいきなり話は変わるけど(そしてこのネタがわかる人がどれだけいるか知らんけど)、作業用の金切鋏を見てたらなんか漫画の封神演義に出てくるスーパー宝貝(パオペエ)の金蛟剪(きんこうせん)に見えてきたぞ。
これで七色のドラゴンが出てきたらもっと仕事が楽になるだろーなー。(←むしろ農場ごと全部破壊してしまいそう)
下の部分をチョキチョキチョキ。
天国ファームの話を知人・友人にする時にいつもこの写真を見せるのだが、いつも僕のパラソルハットに一番注目が集まってしまう^^; でもこれ、頭に金具が当たって痛いから、数日で使うの止めましたorz
天国ファームのとある場所から撮った一枚。前後左右どこを向いても同じような光景が広がる。でもこれ、このファーム全体から見ればほんの小さな一区画にすぎないのです。
同じ場所から違う方向にカメラを向けてパシャリ。
同じ地点から違う方向へパシャリ(その2)
同じ地点から違う方向へパシャリ(その3)
わああぁぁ、綺麗な夕焼け!じゃなくて、朝日!