スネ夫ちゃまのジャパレスを辞めた僕は、またセールス系の仕事の就活をしていた。2つ目のセールスの会社を辞めた後は、もうセールスはやらないと思っていたのだが、よりによって初めてゲットした飲食系の仕事がとても劣悪な環境だったので、すぐに飲食業界で就活を再開する気にはならず、面接の仕方等の点においてある程度慣れたセールス業界にもう一度行ってみようかなと思ったのだ。火曜水曜とGumTreeに出ているセールス系の求人何件かに応募してみると早くも返事が来て、木曜日の午前と夕方に2件面接を受けることになった。

 

会社のオフィスに着き、面接で僕の対応をしてくれたのはベッカという若い女の人だった。彼女はすごくのほほ~んとしたゆるい雰囲気の人で、仕事の面接というよりは仲良く喋っているという感じの緩~い面接だった。どうやら彼女は僕に興味を持ったらしく、「今から私セールスの現場に向かうんだけど、もしよかったら一緒に来て見てみない?時間があればそのままそこでトライアルを受けてもらってもいいし」と誘ってくれたので、快くOKし、そのまま彼女について行く事にした。

 

これまで僕が経験した2つのセールス会社は、どちらも車で住宅街まで繰り出していって、そこでそこら中のドアをノックしまくる、いわゆるDoor to Door(訪問販売)系のセールスだったのだが、今回僕が応募したのは少し系統の違うセールスで、ショッピングセンターや人通りの多いストリートで通行人に声をかけるというタイプのものだ。オフィスからセールス現場への移動も、Door to Doorと違って車ではなく電車など公共交通機関を利用して向かうというスタイルだ。

 

ベッカと話をしながらしばらく電車に乗っていると、彼女の様子が少し変わった。「おかしいねぇ、もうそろそろだと思うんだけど。え、これ、もしかして、、、きゃーーー!!逆方向の電車乗っちゃった!」と軽く悲鳴をあげるベッカ。のほほんキャラだとは思ってたけど、やっぱりドジっ子だったのね(^^;)でも、オーストラリアに来てからこれまであまり見たことのないパターンだったから何か新鮮な感じだった。

 

セールス現場のショッピングセンターに着くと、早速この会社のセールスチームのメンバーと合流した。現場にいたのは、アイルランド出身のアレンと、セールス業界では初めて見かけた自分以外の日本人のYさんだった。軽く自己紹介を済ませ、僕がこの後トライアルを受ける時間的な余裕がある事を確認すると、アレンは早速僕にトライアルの課題を与えた。その課題とは、「今から20分以内に、このショッピングセンター内を歩いている通行人にランダムに話しかけ、それぞれの『個人的な恥ずかしい話』を10人分聞きだしてくる事」。またですかーーー??恥ずかしい話!!もうこれで3回目ですぞ?(1回目と2回目はそれぞれコチラ1コチラ2オーストラリアではセールス業界と恥ずかしい話は切っても切れない関係なのか?

 

何はともあれ、説明が終わるとアレンはすぐさまストップウォッチをスタートさせた。20分で10人だから、1人捕まえて話を聞きだしてそれを簡潔にメモするまでにかけられる時間は2分。けっこう短いな。これは急がなければ。でもどうしよう。いきなり赤の他人に話しかけられて「恥ずかしい話教えてください」とか言われて話してくれる人なんているのか?どうやって切り出そう。そこで「とある統計のためにお話を伺いたいのですが」とテキトーに話を作って聞き出そうとするが、怪しまれてまともに答えてもらえないどうしたものかと考えていたが、そうして考えている時間がもったいないと開き直った僕は、正直にありのままを話してしまう事にした。

 

まずは「すみません、少しお願いしたい事があるのですが、いいですか?」ととりあえず通行人を呼び止め、その後で「実は僕、今セールス会社のトライアルを受けていて、その内容がどうやら赤の他人に臆せず話しかけられるかを見るテストみたいで、『通行人に恥ずかしい話を聞きだしてこい』というものなんです。僕は現時点ではまだこの会社に雇われてもいないし、実際にあなたにお金の絡んだセールスの話を持ちかける事は一切ないので、30秒とかで済むような短い『恥ずかしい話』を教えてもらえますか?お願いします!」と、正直に事情を話してお願いしてみた。すると意外にも、結構な確率であっさりと恥ずかしい話をしてくれるではないか僕が何故こんな事をしているのかと、実際にセールスの話を持ちかけられるわけではないという事を理解してもらえて、警戒心が解けたのかな。

 

「どこどこで○○な転び方をした」だとか、何だかその場でテキトーに作ったっぽい「恥ずかしい話」をしてくれた人もいたが、みんな結構協力的だ。これは助かるなぁ。そしてショッピングセンター内を歩き回っていると、ビラ配りをしている女の子から逆に声をかけられた。これはチャンスだと思い、僕はビラを受け取るとすかさずこちら側の事情を説明し、「恥ずかしい話」を教えてくださいとお願いする。「私の『恥ずかしい話』?うーん、今ここでずっと立ってビラ配りをしている事そのものかな…(*^ω^*)」とやや照れ気味に答える女の子。ああ、そうか。やっぱりそうだよなあ。ショッピングセンターで赤の他人に声をかけまくって恥ずかしいと思っているのは自分だけじゃなかったんだ~としみじみ。

 

気がついたら既に制限時間の20分を過ぎていて、ここまで聞き出せた恥ずかしい話は9人分。一応できるだけの事はやったし、集まった恥ずかしい話をアレンの所へと持っていくと、「まぁ、時間はあんまり気にせずにもう1人聞いてくればいいよ!」とあっさり時間延長をしてくれたここまできたら、時間さえあればもう1人を捕まえるのは大した事ではなく、無事に10人分集めて再提出した。するとアレンは「うん、けっこう面白い話が集まってるね。なかなか良い出来じゃないか!」と満足気な様子。

 

どうやら僕はトライアルをクリアしたようで、早速ベッカはこのセールス会社での詳しい勤務条件を最終確認のためにもう一度説明してくれた。この会社で行っている業務は発展途上国で白内障を抱える人たちに安価で安全な手術を施して失明を回避できるようにするための資金を、ランダムに歩く通行人に話しかけて確保する事だ。基本給は週300ドルで、あとは出来高で1人捕まえる毎に30ドルずつ給与が上乗せされるという。どちらかというとコミッションの比重が高い給与体系だ。僕が夕方にも面接があるという事を知ったベッカは、僕がもう1つのセールスの面接を終えるまで僕の返事を待ってくれるのだという。ビジネスの建前上、応募者に配慮を見せるために嫌な顔をしないように努めているというより、本当に心の底から僕の意向を尊重してくれている感じが伝わってきた。最初の印象通り、なんとゆったりとした心の持ち主なのだ、この人は(^^)

 

そしてこの日の夕方になると、もう1件の面接を受けた。ここも午前のと同じくチャリティのための資金をショッピングセンターやストリートで通行人に話しかけて確保するタイプのセールスなのだが、ここのは求人に時給19ドル+出来高と書かれており、給与面で言えばこちらの方が良さそうだ。

 

こちらの会社でも、面接は上手くいった。面接官はフレンドリーだったし、最初のセールス会社のときのセールストークを披露する機会もあったから、やってみたらなかなか良い反応だったし。面接が終わって少しすると、この会社からも内定の連絡が入ったさてどうしたものか。

 

1日で2つの会社から内定をもらったのだが、当然僕の体は1つなので、2箇所同時には働けず、どちらか1つには断りの連絡を入れなければならない。どちらの会社も人の印象は良かったし、こうなると、どうしても待遇面を基準に選ぶことになり、そうすると必然的に夕方に面接を受けた会社の方をとることになる。ベッカには申し訳ないが、断りの連絡を入れよう。でも彼女は終始一貫すごくフレンドリーで親切に接してくれたし、できるだけ丁寧な断り方をする事にした

 

僕:「先程、もう1つの会社の面接が終わった所なのですが、こちらでも内定がもらえました。そして、申し訳ないのですが、この夕方に面接を受けた会社のセールスチームに加わる事に決めました。今朝の面接やトライアルでは本当に親切に接してもらえて嬉しかったですし、あなたはオーストラリアに来てから会った人の中でも特に良い人だなと思った人の内の1人だったので、最終的にどちらか1つの会社に決めてもう片方の会社にNOと言わなければならなかったのが辛かったです。残念ながら一緒に働く事はできませんが、今朝とても丁寧に対応してくださった事は本当に感謝しています」

 

ベッカ:「うわあああ、そんな風に言ってくれてありがとう^^頑張ってね!ところで、もしよかったらそのもう1つの会社の方を選んだ理由も教えてもらえるかな?本部の方にフィードバックを回して、今後のリクルートの改善にもつながるかもしれないし :D」

 

僕:「そうですね、やっぱり今回選んだ会社の方では基本給が高いというのが大きかったです。やっぱり給料で出来高の占める割合が高いと不安なので」という具合に、円満に断りを入れる事ができた。

 

このやりとりの中で、ベッカは「もし何かのきっかけで気が変わってウチの会社に入りたくなったらいつでも言ってね!」とも言ってくれた最後まで一貫して器の大きい所を見せてくれたベッカ。あぁ、自分で決めた事とはいえ、彼女のいる所でも働いてみたかったなぁ。