8月25日の月曜日。朝起きるとなんだか頭がボーッとする。熱っぽいし鼻も詰まっていて喉も痛い。そして咳が止まらない。前のセールス会社で働いていた時も、朝起きると頭が痛かったりで少し具合が悪いなと感じる事があり、その時は気合でそのまま出勤して仕事しているうちに治ってしまったのだが、今回のはそんな気が起こらないぐらい体がだるいのだ。とにかくこの日は仕事ができそうもないので、早速自分の所属するセールスチームのボスのチンピラに連絡した。するとこのチンピラから返ってきたのはとんでもない返事だった。
チンピラ:「お前本当に風邪引いたのか、ただ休み取りたいだけなのかどっちだ」
何言っちゃってるのこの人―――???風邪引いた社員が欠勤の連絡してきた時に、まず最初にやる事が仮病を疑う事とは、どういう神経してんの?本当に体調が悪いのだと伝えて一応なんとかこのチンピラから休みの許可をもらったが、もうこのアホにはついていけない。そもそもこの前の金曜日にコンタクト数偽装の不正が行われている件を知ってしまい、この会社もあと1週間分ぐらい基本給をもらったらそろそろ辞めようかなとちょうど思っていた所だった。予定より1週間早いが、まあよい。トップのジャックがいい人なので少し未練が残る所だが、こういう会社は早めに見切りをつけてしまおう。
以前にも少し書いた事だが、ここはオーストラリアだ。日本でフルタイムで働くなら、多少自分の職場内で失望させられるような部分が見えても我慢してそこで働き続けるというのもありなのかもしれないが、オーストラリアに来てまでそんなことをするのであれば、来た意味がなくなってしまうと思った。ましてや、ワーキングホリデーの期間は1年、セカンドビザが取れても最大で2年と限られた時間でしかないのだから、1箇所にしがみついているだけの生活をしていたらそれだけでほぼ終わってしまう。いろんな職場を見るという事もできなくなってしまう。日本では多少嫌な事があっても同じ場所で働き続けた方がいい場合もあるのかもしれないが、オーストラリアのワーホリでは、そこが良い職場でないのなら、無駄に長い間その1箇所にしがみついていても特にこれといって得るものはないと思う。
早速会社のヘッドであるジャックに辞める旨を伝えようと思ったが、ここで一呼吸置いて少し考えた。オーストラリアにおいて、あのチンピラのあの対応は上司として本当に不適切だったのだろうかと。もしかしたら日本の常識では不適切でもオーストラリアではこんなの普通だとか言われるかもしれない。そこで念には念を入れて、前の職場で仲良くなったビクトリアにちょっと聞いてみる事にした。ビクトリアはセールス業界に入る前は普通のオフィスワークも何年かやっていたそうなので、普通の労働者としてのオーストラリアの常識も持っているはずだ。
ビクトリア:「普通の職場では社員が体調不良の連絡してきたら、それを最初から仮病だと疑ってかかるような対応は考えられないよ。体の調子が悪かったら休むのは当たり前だし、別に病気でなくても有給休暇が欲しかったらそれを取らせてもらえるのも普通だし。そういった事は労働者の権利として守られていて当然でしょ。でも残念だけど、実際セールス業界となるとちょっと事情が違ったりするんだよね。どの業界でも法律的には同じように労働者の権利が守られるべきなんだけど、この業界は集まってる人たちの性質上からか、こういった労働者の権利がちょっとないがしろにされがちな感はあるね。トニーもそこまで酷くはなかったけど、仕事を休むといった類の話となると、なかなかすんなりとはいかないような感じはちょっとしたから。」
そうか、セールス業界では、場合によってはあのチンピラのあの対応はむしろわりと普通と見られる可能性もなくはないという事か。だけどそれ以上に重要なのは、やっぱり世間一般ではあんな対応は非常識なんだよな。やっぱり一応現地のオーストラリア人に聞いといてよかった。一番聞きたかった部分も確認できたし、もう自信満々で辞められるぞ。
さて、いざジャックに連絡するのだが、ここで言う事を少し整理しておく必要がある。本音では、僕が今の会社で不満を覚えているのは2つ。先日発覚したコンタクト件数偽装問題に失望したという事と、今回のチンピラの不適切対応だ。チンピラの失礼な対応はビクトリアから聞いた話を引き合いにして遠慮なく批判すればいいが、コンタクト件数偽装の件はそう単純ではない。そもそもこの問題の存在をなぜ僕が知る事ができたのかというと、あのキャットという女の子が困っている僕を見かねてわざわざ正直に自白してくれたからだ。ここでジャックに偽装の件を口にしてしまうと、せっかく僕のためを思って真実を伝えてくれたキャットの首を差し出す事になってしまうかもしれない。匿名で偽装が行われている事を知らせてくれた子がいたという言い方をしたとしても、金曜日に同じスタート地点でVanを降りたのは僕とキャットの2人だけだったから、2人きりの状況で僕にそういう事を知らせる事ができるのは彼女だけという事になるので、やはりキャットの関与がすぐにバレてしまうのではないかと心配になった。せっかく彼女は僕に助け舟を出そうとしてくれたのに、もしそれに対して恩を仇で返す形になってしまったら嫌だなと思った。
そこで、僕はチンピラに対する不満はジャックに伝えたが、キャットが教えてくれたコンタクト数偽装の件には触れず、もう一つ気に入らない理由をテキトーに作って会社を辞める旨も同時に明らかにし、その翌日にはユニフォームをオフィスに返しに行った。この会社に入ってわずか2週間後の事だった。やっぱり合わないものは合わないし、そういう所で粘るのもあんまりおススメなやり方じゃないよな~。