チンピラにキレられた水曜日の夜、家に帰ると奴から僕の携帯にテキストメッセージが届いていた。どうやら奴からのチームのメンバー全員宛の「チームテキストメッセージ」のようだ。「明日は仕事中にウチの会社の外部の電力業界のお偉いさん達が視察に来るから、服装には十分気をつける事。」つまり、黒いズボンに黒い靴、上半身は会社のユニフォームをきちんと着てくるように、との事だ。バカたれ。服装に気をつけなきゃならんのはお前1人じゃ(第27話参照)他のメンバーは全員視察がない時でも普段からちゃんとユニフォームを着ているのに、1人だけチンピラみたいな格好をしおって。それで「服装をしっかりしろ」とみんなに注意喚起しようとは、なかなか笑わせてくれるわ。それにしても、こういう視察ってオーストラリアでも事前通達があるものなのか?社員たちの仕事ぶりを見るんだったら抜き打ちでやらなきゃ意味ないんじゃないの?こんな風に「この日に見に行きますからね~」なんて前もって知らせてたら、日本でやってる視察と変わらんではないか。

 

翌日木曜日は出勤せずに自宅待機をするように命じられていたため、家でのんびりしていた。すると午前10時半ごろに電話がかかってきた。チンピラかと思ったが、電話をかけてきていたのはリーだった。そしてリーも声のトーンが不機嫌そうな感じだった。

 

リー:「ショーン、はっきりいって君には本当に失望したよ。ベリーディッサポインテッドだあの面接の時の君はどこへいってしまったんだ?あの時僕は、君には何か光るものがあると思ったんだ。君は何か持っていると。だからこそ君は採用されたんだよ。それがこんな事になるなんて思ってもみなかったよ。」

 

そうか、何か持っているように見えたのか。何か光っていたのか。だとしたら、光っていたのは僕の渾身のハッタリですな

 

リー:「ショーン、君の働きぶりは十分ではない。ノット・ワーキング・ハード・イナフ。最初の1週目はしかたなかったかもしれないよ。まだ入ってきたばっかりだったからね。でも一昨日にはジャックが一緒に来て、コンタクト件数をたくさん取るためにはどうしたらいいかを見せてくれたんだろう?だから僕は次の日の君のコンタクト件数は少なくとも30~35件ぐらいはいくと思っていたんだ。にもかかわらず昨日も20件にも届かないなんて、どうなってるんだ?僕はできない理解を君がコンタクト数を確保できなかった理由がいいかい、君が契約を取れず尚且つコンタクト件数でも20件にも満たなかったあの日、例えばチェルシーも契約は0件だったんだ。だけど彼女は30件以上のコンタクトを取っていた。つまり彼女はやるべきことはやっていたんだ。君との違いがわかるね?」

 

このようにリーからはいろいろと言われたが、この人はチンピラと違ってだいぶまともな方で、僕の言い分も一応ある程度聞いてくれた。「何か他に困ってる事があればこちらも手助けするから、何でも言ってくれ」と言われた時に、「電話とかの音声だけでの指示だと上手く聞き取れずに、指示をちゃんと理解できていないまま仕事場へ出て行く事になる事もあるから、できれば読んで理解する事のできる文章という形でも指示を出してもらいたい」と返したら、すぐにメールでのアドバイスもくれたし。

 

そして翌日の金曜日。自宅待機が解除され、今日は再び出勤だ。ターフに到着すると早速セールスチームのメンバーにチームテキストが届いた。そこには「さぁ、今日のターフは1人につき100軒以上の家があるぞ!これで『留守の家が多かった』なんて言い訳はもう通用しない!」と書かれていた。俺に対する嫌味か?相変わらずバカ丸出しだな。そこに家が100軒あったって、その内のどれだけに人がいるかはわからんでしょうが。90人かもしれんし、20人かもしれんし。

 

iPadで自分の現在地も確認したことだし、歩き始めようかなと思ったその時、この日偶然僕とほぼ同じ場所でVanを降りた、同じセールスチームのメンバーのキャット(本名はカトリーナか何かだと思う)という女の子が僕に話しかけてきた。コンタクト数確保に悩む僕の姿を見かねて助け舟を出しに来てくれたのだ。だが、彼女の口から出てきたのは意外な内容の発言だった。

 

キャット:「あのさ、あなたがボスに怒られてた水曜日、私もボスから『今日はお前コンタクト数が21件しかないのは何でなんだ』って文句言われてたでしょ。あの時私は『いやー、どういうわけか今日は留守の家ばっかりで、そもそも人と接触できなかったんだよね。人が出てきた時も即Not interestedって拒否られるし』とかいって誤魔化してたけどさ、実はあの日、私実際には丸1日歩き回っても9件しかコンタクト取れてなかったの

 

何ィー?9件?僕でも十数件はコンタクト取れてたのに。いくらなんでも少なすぎじゃないか?

 

キャット:「あまりにもコンタクト数が少なすぎてヤバイと思ったから、テキトーに水増ししといたわ実際には誰とも接触してない時でも、住人が出てきたことは出てきたけど即『Not interested』って言われて冷たく断られたって事にしといて、そういう形でアプリ上で提出するデータを改ざんしといたの。でも実際しょうがないよね。いくら1日中歩き回ったって、いないモンはいないんだもん。それだけじゃないわ。私、文字通り本当にサボってた事もあったのある日Vanから降ろされた後、なんだか全然やる気が起こらなかった事があって、そのままスタート地点に座り込んで、ずーっとiPadいじってばっかりだったわ。iKnockの機能で社員の現在地やどんなルートを歩いたかとかも全部ボスには見えてるから、すぐにバレて、リーが飛んできて大目玉喰らったけどね(笑)次の日自宅待機させられたわ。でも1日余分に休日が貰えてラッキー♪って感じだった。まぁとにかく、ショーンも上手くやりすごす方法覚えた方がいいよそうでもしないとあの人たちいろいろイチャモンつけてくるし、そもそもターフのコンディションに関わらず毎日30件以上コンタクト確保しろっていう要求そのものが無茶なんだから

 

そういう事だったのか!そうだよな、常識的に考えて、あんな狭いエリアしか割り当てられなくてしかも留守の家ばっかりなのに、みんな毎日30件以上コンタクト取れるなんておかしいよな。となるとチェルシーの30件のコンタクトも偽装だったのか?なんだか何も信じられなくなってきた。

 

キャットの告白はありがたかったが、僕はそれでも今まで通り普通にターフを歩き回る事にした。たしかに上司の機嫌を損ねないために報告のどこかの部分で適当に偽装してやり過ごしたほうが摩擦も少なく世渡り上手なやり方なのかもしれない。でもそれって本末転倒なんじゃないか?とも思うのだ。ボスは1日にできるだけ多くのコンタクトを社員にとって欲しいと思っているのだから、コンタクト数が確保できていないのならば、そこでなされるべき事は部下の虚偽報告ではなく実際にコンタクト数増加に繋がる有意義な努力のはずだ。例えばより広いエリアを各メンバーに割り当ててよりたくさんの家のドアをノックできるようにするとか。

 

大体、今ボスの立場にある連中もみんな最初はヒラ社員から始まっていたんだから、自分がターフを歩き回っていた時の経験から「どんなに歩き回ってもエリア内の家が留守の家ばかりだったらたくさんの人と接触するのは極めて困難である」という事ぐらいわかるだろう?そんな事も考慮に入れずに部下の虚偽報告に惑わされて、数字を水増しして報告した社員を「おお、この子はたくさんのコンタクトが取れている。頑張っているな。」と評価し、正直に○○件しかコンタクトが取れなかったと報告する社員を酷評するとは、現場の実情を正確に把握するという上司として最も重要な仕事の一つができていないのではないのか?

 

それに、僕はオーストラリアでは何かにしがみつくような生き方はしないと決めていた本当は要求されたコンタクト数に達していないが上司の機嫌を損ねないようにするために嘘をついて誤魔化し続けるという行為は、自分はそうしなければこの会社に居続けられない、ずっとこの会社に雇ってもらっていなければ困るという、現状にしがみつこうとする根性の表れでもあると思うのだ。

 

今仕事を失ったら家族を養っていけないとか、嫌でもしがみつかなければならない理由があるのならともかく、今の僕はただのワーホリ君だ。良くない職場だとわかっているのにいつまでもそんな所にしがみついていたら、そんなものは時間の無駄。そんな事やっているうちにワーホリの1年はあっという間に終わってしまう。だから今まで通り普通にターフ内を歩き回るぜ。それでまたコンタクト数が20件もいかなくて、あのチンピラからイチャモンつけられても別にいいじゃないか。それでもし「お前みたいな無能はクビだ」というのであればそれも上等。そんな態度を取ってくるのであればそんな会社はむしろこっちから願い下げ。この程度の労働条件の職場だったらまた自力で探し出してやるぜそんな事を考えながらこの日はターフ内のドアをノックして歩き回った。

 

ターフ内の住人とのトークは、一応前の会社と合わせて5週間ぐらいの経験があったし、リーからのメールでのアドバイスのおかげもあってそれなりに上達はしていた。この日に関しては住人達を自分の話に聞き入らせ、あと少しで契約させられるという所まで追い込む事が何回かできるようになっていた。実際に契約までは至らなかったが。そして肝心のコンタクト数は、この日は運よく留守の家が比較的少なかったため、30件以上のコンタクトを確保する事ができていた。

 

この日も契約は0件で帰りのVanに乗ったが、iKnockで僕のコンタクト数を把握していたチンピラはなんだか満足げだったお前今日はよく頑張ったな。やればできるじゃねえかと。ド阿呆。今日はたまたま割り当てられたエリア内の家の数が多くて、尚且つ留守の家が少なかっただけじゃ俺はいつもと全く同じ様に歩いとったっつーの。何一つ変えてはいない。次の勤務日に俺に割り当てるターフがまた狭いやつで、留守の家が多かったら、またコンタクト数が十数件とかに逆戻りしますぞ?その辺わかってんのかね、こいつは?昨日リーは僕に対してディッサポインテッドといったが、こっちの方こそ失望した。もう少ししたら他の仕事探そうかな~。