濱口竜介監督の「悪は存在しない」を観ました。
なぜか日本よりも劇場公開が早かったことになります。
監督の過去作では「寝ても覚めても」「偶然と想像」「ドライブ・マイ・カー」を観ていて、
どれも好きですが、特に「偶然と想像」がお気に入り。
濱口監督は今や海外でも注目の監督で、新作が出れば劇場にかかるようになりました。
今作の評判も良く、お客さんも入っているようです。
「ドライブ・マイ・カー」で音楽を手掛けた石橋英子さんにライブ用の映像制作を依頼され、
その過程でこの長編映画が作られました。
無音のライブ用映像は「GIFT」というタイトルだそうです。
そういった制作過程なので、規模の大きい作品ではないです。
なので気楽に観に行ったのですが、思った以上にやられました。
濱口監督は本当にすごいクリエーターだと思います。
舞台は自然豊かな町。東京からも数時間でアクセス可能な場所です。
そこにグランピング場の建設計画が持ち上がったというお話。
環境問題を扱う社会派映画の硬さはなく、笑いもある人間ドラマでした。
はじめはどんな映画なのかと困惑していましたが、会話が始まるとすぐに引き込まれました。
最後は自分が予想もしなかった世界に連れていかれ、何とも言えない感覚が残ったのです。
現実に戻りたくなくて、この映画の事を考えながら40分歩いて帰りました。
稀にこういった事が起こるのが、映画を観る楽しみだし、素直にうれしい。
自然について、幸せに生きることについて、色々と思いを馳せる映画でした。
音楽も良かった。
海外ではいくつか賞を受賞しています。
「ドライブ・マイ・カー」の次作という事で期待が大きすぎ、がっかりする人もいるはずです。分からなかった、寝てしまったという人もいるはず。
タイトルの通り、善とか悪とかを示してくれるわけではなく
観客がどう感じるかに委ねられている映画だと思います。
あまりにゆったりと見せる自然の映像、少ないセリフ。
それなのに張り詰める緊張感。回収される伏線や、意外なユーモア。
シンプルな話でありながら、予想がつかない話の転がり方。
鑑賞中も鑑賞後も、心がざわめく感じが、私には堪らなかったです。
実験的な試みもしつつ、知的な構成で、さらに監督への好感度が増しました。
主役の大美賀均さんは日頃、制作側のスタッフで、役者さんではないようです。
いい味だしていました。薪割り、ずいぶん練習したんだろうな。
いわゆるエンタメ系の作品ではないですが、できるだけ多くの人に見てもらいたいです。
自分と自然との距離感を再考する映画だし、
コミュニティーやコミュニケーションの映画でもあるので、結構、自分ごとなんですよね。