水玉禿の"se-ka*note"

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 自分で見た景色というものは
一緒にその瞬間を見た人と会話した時に

それが例え同じ言葉を発したとしても

それぞれの生きてきた中で

見たり感じた感情が

心を育てた言葉として現れる。

全く同じなんてことは決してない。


今になって
何となくだけれど
理解した気持ちになってるけれど

多分まだまだ奥が深ーいものなんだろうけれど

自分以外の他者と話す時に
それが少しだけ理解した気持ちになると

生きることが楽になれる気がする。


人と人は交わっているようであって

「自分の持たされている時間を
いかに心地よく過ごせるのか」

ということで
交わることができているという錯覚が
時を幸せにしてくれているんじゃないかなぁと

ふとそんな思いが
久々の珈琲が効いて眠れない夜に浮んだ。

幸せに生きることって一体何なんだろう…
なぁんて真面目に考えて辿り着きたいと思うことも多々あったけれど

今、目の前にある出来事で

どれだけ嘘偽りなく

心からの笑顔が溢れ出るか。

それなんだなぁと
それしかないんだけどね

まずは自分から!!










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最近の いつだったか。
映画の試写会帰りに
無性にロシア料理が食べたくなった時のもの。

春からの日々は
あっという間。
そして濃厚に一日一日過ごしておりました。

初夏ぐらいの健康診断で
まんまと引っかかり目

そこからは
なんだか軽く必死だったかなぁ。

やはり正直ビビっちゃったけれど

とらわれることなく
とにかく愉しもうひらめき電球


「生活している限られた中でしたいことをする」

これをテーマにしてね音譜

自分と向かい合う時間が
更に心地よくなり

人と会ったりすることも
大切な時もあるけれど

自分と向き合える時間を与えられていることが

こんなに贅沢なコトってないんだなぁと
何をする訳でもなく

ただ思ったことや、浮かび上がる欲求だったり

どんなことでも
しちゃいけないなんて
思うことなく

正直に時を過ごすこと。

誰を意識することなく
まんまの自分を受け容れてくこと程
とても至福なのですね合格

そんな毎日を繰り返していたら
日常起きる些細な出来事も
気にもならず

次の日にはすっかり忘れていたり
「あー、昨日は疲れていたんだな。」
とか

全く囚われが外れて
それはそれは気持ちが良いのです。

自分の居心地のよさって
やっぱり自分にしかわからない。

当たり前の事なんだけれど
ココに辿り着くまでは
厄介だったなぁ。

ゆったりした時間や空間は
本人にしか探せないものですわキノコ