自分で見た景色というものは
一緒にその瞬間を見た人と会話した時に
それが例え同じ言葉を発したとしても
それぞれの生きてきた中で
見たり感じた感情が
心を育てた言葉として現れる。
全く同じなんてことは決してない。
今になって
何となくだけれど
理解した気持ちになってるけれど
多分まだまだ奥が深ーいものなんだろうけれど
自分以外の他者と話す時に
それが少しだけ理解した気持ちになると
生きることが楽になれる気がする。
人と人は交わっているようであって
「自分の持たされている時間を
いかに心地よく過ごせるのか」
ということで
交わることができているという錯覚が
時を幸せにしてくれているんじゃないかなぁと
ふとそんな思いが
久々の珈琲が効いて眠れない夜に浮んだ。
幸せに生きることって一体何なんだろう…
なぁんて真面目に考えて辿り着きたいと思うことも多々あったけれど
今、目の前にある出来事で
どれだけ嘘偽りなく
心からの笑顔が溢れ出るか。
それなんだなぁと
それしかないんだけどね
