気がつけば、今日も一日が終わっている。
朝は時計を見ながら準備をして、昼はやることに追われ、夜になると「今日は何をしていたんだろう」と思うことがあります。
そんな毎日の中で、最近ひそかに楽しみにしている時間があります。
それが、小説を読む時間です。
以前の私は、「小説を読むなら、まとまった時間が必要」と思っていました。
静かな休日にコーヒーを用意して、何時間もかけて一冊を読む。
そんなイメージがあったからです。
でも、実際にはもっと自由でいいのかもしれません。
寝る前の10分。
少し早く家事が終わった夜。
そんな短い時間でも、物語のページを開けば、いつもの日常から少しだけ離れることができます。
たった10分で、違う世界へ
小説のおもしろいところは、文字だけなのに、頭の中には景色が広がっていくこと。
たとえば、
「雨上がりの小さな駅」
という一文があったとします。
どんな駅を想像するでしょうか。
古い木造の駅舎かもしれないし、都会のホームかもしれません。
空にはまだ灰色の雲が残っていて、水たまりには夕方の光が映っているかもしれません。
同じ文章を読んでいても、思い浮かべる景色は人それぞれ。
これが、小説ならではの楽しさだと思います。
映像ですべてが見える作品とは違い、小説には「想像する余白」があります。
その余白に、自分だけの風景を描ける。
だからこそ、読んでいる間だけは、自分だけの小さな世界が生まれるのかもしれません。
最近は「大事件が起きない物語」も好き
昔は、次々と事件が起きるような物語のほうがおもしろいと思っていました。
もちろん、先が気になるミステリーや壮大なファンタジーも魅力的です。
でも最近は、ごく普通の日常を描いた小説にも惹かれます。
商店街の小さな喫茶店。
毎朝同じ時間にやってくるお客さん。
いつも窓際に座って、本を読んでいる人。
店主は名前も知らないけれど、ある日、その人が来なくなる。
「今日はどうしたんだろう?」
それだけで、小さな物語が始まります。
派手な出来事がなくても、人の気持ちは少しずつ動いている。
昨日まで気づかなかったことに気づいたり、誰かの何気ない言葉に救われたり。
そんな物語を読むと、普段の生活にも意外とたくさんの「物語の種」が隠れているように感じます。
小説を読んだ翌日は、景色が少し違って見える
これは個人的な感覚ですが、素敵な小説を読んだ翌日は、いつもの景色が少し違って見えることがあります。
通勤途中に見かける花。
近所のパン屋さんから漂ってくる香り。
夕方の空。
駅で誰かを待っている人。
普段なら通り過ぎてしまう風景なのに、
「この人にも、今日一日の物語があるんだろうな」
なんて考えてしまいます。
小説は、知らない世界へ連れていってくれるもの。
でも同時に、自分が暮らしている世界を、もう一度見つけ直すためのものでもあるのかもしれません。
「全部読まなきゃ」をやめてみた
読書を続けるようになって変わったことが、もう一つあります。
それは、一冊を一気に読もうとしなくなったことです。
今日は5ページ。
明日は10ページ。
忙しい日は1ページだけ。
それでも十分。
「読書をしなければ」と考えると少し疲れてしまいますが、「続きの世界をちょっと見に行こう」と思うと、不思議とページを開きたくなります。
好きな登場人物に会いに行く。
昨日の物語の続きを少しだけのぞいてみる。
そんな感覚です。
次は、どんな物語に出会えるだろう
最近は、新しい小説を探す時間まで楽しみになりました。
表紙の雰囲気で選ぶ日もあれば、タイトルの一言に惹かれる日もあります。
誰かの感想を読んで、「これは読んでみたい」と思うことも。
有名な作品だから読む、というより、
今の自分が気になる物語を選ぶ。
それくらい自由なほうが、読書は長く楽しめる気がしています。
今日が少し忙しかった人も。
なんとなく気分を切り替えたい人も。
スマートフォンを見る時間のほんの10分だけ、小説のページを開いてみるのもいいかもしれません。
そこには、まだ知らない町があり、まだ会ったことのない登場人物がいて、思いがけない言葉との出会いがあります。
そして物語を閉じて現実に戻ったとき、いつもの部屋や帰り道が、ほんの少しだけ新しく見えるかもしれません。
さて、今夜はどんな物語を読もうかな。
そんなことを考えながら過ごす夜も、なかなかいいものです。
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