繰り返し良くする。ベーターにベーターに。 | SDMのブログ

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こんにちは
81433102 OYです。


おはよう、みなさん!
物事を決める時、「Best」を選んでいませんか?
私は、今まではそうでした。ただ、「Best」って・・・・
非常に危険な言葉なんだと最近思うようになりました。



1よりより解答への意欲が減退する
だって、「Best」は、
【形容詞】

1[good最上級 ] 最もよい最良の最善の最も 好ましい至上の という意味ですよね?

つまり、もうこれ以上ない素晴らしいものだ!という、決まってしまった感がでます。
要は、「Best」には、「未だ知り得ないより良い答えへの探索の機会を捨てる」
というニュアンスがあるような気がするのです。DeathNoteで、ニア(大量殺人犯をとらえようとするメインキャラクター)はこんな風なことを一定しました。「捜査は、間違っていたらすみませんでいいんですよ。ジェバンニ。」(←ウル覚えですみません)「Best」という言葉は、この感覚つまり、まだ見ぬよりより答えが存在するという感覚を無くしてしまうのでしょう・・・これは非常にもったいなくもあり、非常に危険な気がします。


2比較の忘却
他にも理由はあります。それは比較対象を度外視して、評価するという意識を生むのでは無いかということです。最高とかきくと、私はなんとなく絶対評価な気がします。つまり、どこのどこが、どれくらい優れていて〇〇は最高にいいというような感じで無くなることを私は危惧しています。



我々は、
常に、なにか最良「Best」だと思う意思決定をしているが
別に間違っていたらすみません、そこから何かを得てより良くしていけばいいのだと思いました。だからこそ、今した意思決定は「Best」ではなく、「Better」という意識を持つことが大切で意思決定はどんどん成長しより良いものになる、生命を宿したものだと考えるのが大事だと思いました。



以上