人間みな、「今だから言えること」というのがあると思う。今だから言えることというのは、当時、何かしらの理由があって言えなかったことである。で、そのまま今まで生きてこれたので、たぶん言わなくてよかったことなのである。そして、今改まって言うべきことでもないのである。が、今回はその言っても言わなくてもいい、「今だから言えること」と書いていく。
最近、高校の時の演劇部だった友人と電話した。そんで、3年前タブーだった話などをした。3年前、私が演劇部を辞めたきっかけとなった話。
今回はその話。詳しく書かず、病むだけ病んで、他人に迷惑かけた事件。
私の2010年2月くらいの日記を見ればわかるのだが、急に、病んでます。
3年前、私が高校2年の時。演劇部だった。私の演劇部は顧問のほかに、教えてくれる人がもう一人居た。
顧問の嫁である。嫁は稽古に子供もつれてきていた。だから、休日稽古の時は、顧問・嫁・子供で部活に来ていた。私は特にそのことに関しては気に留めていなかった。別に私に危害が加わったこともなく、好きな演劇もできていたので平和だった。たまに夫婦喧嘩を持ち込むのはうざかったが。でも本当に嫌なことはほとんどなかった。つーか深く考えてなかった、たぶんどうでもよかったんだと思う。
そんな感じで高校2年冬までくる。
2月中旬に企画した公演の演出を私はしていた。もちろん嫁は手伝いに来てくれた。なかなか思い通りにならず、自分のプランもはっきりしてなかった。そんなときも嫁は私にアドバイスしてくれたり、芝居の注意など部員にしてくれていた。でもそれが逆にしんどかった。
ある部員のモチベーションと私のモチベーションの不一致。そんなこんなで部員とちゃんと向き合えなくなって、顔合わすのもしんどくて、動いてくれない部員に腹を立て、混乱していた。自分の理想と嫁の理想の衝突。でも大人の嫁に意見を言えなかった。←これは私が悪いですね。
そんなかんじでどんどんどんどんしんどくなって遂に私はストレスか胃腸炎になった。本番1カ月くらいの1週間ちょいの休養。これが痛かった。病気の痛さじゃなくて、稽古に大きな穴をあけたんですわ。
胃腸炎治って学校に行くと稽古は普通に行われてた。嫁がなんとか演出を付けたみたいで、だいぶ進んでいた。
でも相変わらず、ちゃんと向き合えず、苦戦。本番が近くなり、だいたいの流れを作った。私の演出と嫁の演出で。
本番前になると稽古も佳境。細かい演出に。私は困っていた。「演技はいいとして波がない」。大問題ですよ。それで、わたしのオロオロ稽古が行われていた。私のプラン、コンセプトとこの芝居を紡いで……。大慌てです。そんな私をよそに、嫁は部員にアドバイス。また大人ってすごいんですよ。力があるからね。辛かった。
その次の日、嫁の態度があからさまに変わった。私に冷たくし始めたのである。
私の演出にまったく口出ししない。そして、私にまったく話しかけないのである。
「きたー。イジメか」
とすぐ察した。きっとオロオロしている私に喝をいれるためだったのか?
そんな大人にいじめられると稽古どころじゃないよ、心は。
私もムカついたので、嫁を無視してやった。
そしたら翌日だっただろうか?
顧問に呼び出された。
「君は、嫁が居ないほうがいいのか?」
と聞かれたので
「嫁がいると私の演出ができません。これは私が演出です。」
と正直に言った。
すると顧問は近くにいた嫁を呼び出し、嫁に
「マツがもう来てほしくないって」
と伝えた。
すると嫁はすねて
「じゃあもうこないから」
と私に告げ帰って行った。
私は唖然ですよ。嫁とはちゃんと話がしたかったのに。こんな小学生みたいなことがあるんですかね。
ムカついたから私も帰ってやった。
これが本番4日くらい前ですね。
その後嫁を部活に招くかどうか、部内会議。嫁の味方をするやつや、私の味方をしてくれた人、どっちつかずのウンコ。まあ居た。特に私に加勢してくれたN、ごめんね。本当に。
ちゃんとみなに伝えた「この芝居は私の演出であって、嫁の演出ではない。それにこれは部活。生徒が主役なのになぜ部外者が出てくる。これからの私たちのためにも大人に頼るんじゃなくて、もっと自分たちで動いていかなくちゃ。」と。
でももちろん顧問は嫁の味方。大人にはかないませんよ。あっけなく敗北。
顧問に「マツは必ず嫁に謝ること」と強制的にされた。
死ねと思った。正直。もうみんな死ねって。つーか世界終われって。
嫁は「マツのせいで人間不信になった」「マツが謝るまで絶対学校には行かない」と言う。
いやいや、私が人間不信ですよ。なんで部員がここまで苦しめられるんですか。わたし在校生ですよ。
そして迎えた本番。なぜか嫁が来た。
顧問に「早く謝れ」と言われ。本気で泣きそうになった。つーかひそかに泣いてたわ。本番前に演出が泣くってもう、破滅ですよ、本当。
本番終わって、集合写真を撮っていた。私とNは抜け出した。
その後も、顧問に「なんで謝らなかったんだ」と問われる。
「もう無理なんですよ」。
本番が終わって、こんな部活ウンコです。と心底思った。もういろいろやってけないと思った。
部活を辞める決心をした。演劇は好きだった。死ぬほど。てか私は演劇しかなかったし、演劇するために学校行っていたようなもんで。でもウンコの中にはいられないと。
その後の部活終わったとき、私とNは部活を去ることを顧問に伝えた。
すると顧問は
「なんで!?卒業までするって言ってたじゃん!なんでよ」と言われた。
解ってるくせに。
その後嫁からは謝罪のメールが来た。
もう無理なんですよ。
それからの部活がどうなったのかは書かない。後悔した者もいれば、私に謝ってきた部員も居る。相変わらず私にキレてるやつもいた。
これで終わりです。
今思うと、チンカスみたいなことですね。当時は大事件だったんですけど。
今だから言えるけど、正直、みんな子供だった。顧問も嫁も、わたしも。
今顧問や嫁に会ったら、私はなにを喋るのだろうか。
知らないふりをするかもしれない。
顧問と嫁の2人と、その味方をした2人の部員合わせて4人。
私の人生で、仲直りしないできたのはこの4人だけである。
きっとこの先も仲直りしないで生きていくんだと思う。
今だから言えるけど、この時に、意見って言わないほうが生きやすいんだなって悟った。