この出会いはここへ繋がっていたのか、、、
そういうことって人生においてありませんか
わたしは振り返ってみるとそういうことがたくさん
忘れられない、決して忘れてはならない
大切な出会い、ご縁により
ここまで来れたと言っても過言ではないです
思い出すだけで涙が溢れる
ありがたいご縁に恵まれていました
それは現在進行形で続います
ベストなタイミングで必要な人と出会え導いてくださる
まさにキセキです
特に最近
いろんなことがありがたく思え
ただ道を歩いているだけで、涙が出てくるとこもあります
今日も帰宅して、玄関のドアを開けながら
幸せだな~と込み上げて泣けてきました
昨日、そのありがたいご縁で出会えた方と会い
改めてそこからのキセキを思い出し
感謝が溢れだしました
そもそもそういうことをお伝えしたくてブログを始めたのに
そのことを早くかきたかったのに
なかなか書けずにいました
やっと書きたいと思える日が来ました
さて、わたし
今までの人生の半分を病と共に過ごしてきました(わたしの病気についてはこちらで)
これからの残りの人生もそうでしょう
でも
これから共にしていくのはぜんぜん違います
病は「ある」かもしれないけど
有りつづけても
ぜんぜん苦ではなくなったから
定義では、病気に認定されるかもしれないけど
症状や結果に現れず
「自分が元気に生きられる=治った」になれたからです
現代医療では、私の病は、一度、あなたは「この病気」ですと言われたら
治りましたね!とは、ならない病気とお国が決めた(⁉)ものだから
でも、とっても変なんですよ 笑
かかりつけの病院で担当医師は
「◯◯さんは、検査結果、見ただけなら、この病気って分からないよね?!」とおっしゃるの 笑
ん?どういうこと?
検査査結果に悪いところなくて、しかも、それ見ただけではこの病気と判断つかない、、、と言っているってことよね
治ってることじゃーん
認めない、潔くない
勝手に治らないと定義で決めつけたのに~
でも
わたしは絶好調なのでそんなことどうでもいいんです
元気で生きられるならなんでもいいんです
わたしはずっと
難病ですよ~
治りませんよ~
とお医者さんに言われ続けてましたが
こうも言われていました
「◯◯さんって、患者さんに見えないよね~お元気そうで」
本当に矛盾してますよね?! 笑
確かに
見た目じゃ、具合悪いの分からないよね~と思ってたけど
難病と指定いただくだけの条件を満たしていて、病人扱いしていただけたわけで、、、
それにはそれなりの症状がありました


なんとなく人より体力がない
風邪をひきやすく、治りにくい
よく会社を休む
いつもだるい
疲れやすい
食欲がない
などなど
見た目元気そうなのに
わたしは密かにそれらと戦っていて
そのギャップに自分自身、なんなのーー?と辛かったのです
だから
見た目通り元気そのものに
なんとかそれらを解消できないかと
治らなくてもよくなりたいと望んでいました
治らないとこは受け入れていましたが
受け入れた上で
それと共にベストな状態で生きることは
常に探し、アンテナ張ってました
良さそうなことはなんだってしました
治らなくても元気に過ごすために
そうしていると
キセキはご縁が引き寄せてくれたのです


そのキセキのお話しをしたいと思います
わたしにできることは実際にあったできごとを
わたしにとってキセキと感じたことをお伝えすること
それを読んで何か感じて、そんなこともあるのねと思ってくだされば嬉しいです
キセキは起きます
一つの要因だけではなくさまざまなことの積み重ねと
前向きな気持ちがあれば
キセキはこうして運ばれてくる、という感じでしょうか
その病が治るという「キセキ」は2012年夏に始まりました
それには、わたしの大切なお二人の存在が関与しています
『ご縁がキセキを引き寄せる ~その2~』から順に
MさんとT先生のご縁をご紹介したいと思います
