わたしね
病気を治療するために
お薬を大量に飲んだ副作用で
さらに面倒な病気(特発性大腿骨頭壊死症)
になったの
なんなんだーーー
治すために飲む薬でさらに病気になるって
なんじゃそれーーーーー
って、感じでした


でもね
それも
わたしが一つ目の病気がよくなり
働き始めて勤めていた
研究室の医師に
「薬は半分、毒だからね」と言われて
そっかぁ・・・
と、素直にその言葉を受け止められた
良くなれたこともあるし
その反面、失うこともあるのかと
恨みつらみがなかったのがよかったのかな
その後、その病気の権威とのご縁をいただけ
その人柄の素晴らしさと治療のお蔭で救われた
経験をしました
またそのうち
わたしに気づきのきっかけの言葉をくださった医師とのご縁と
ある病気の権威である医師とのご縁なども
ブログで書いて行きたいと思っています
なぜならば
負と思える出来事があっても
そのことからのの気づきってすごくて
いまわたしがこうしてあるのは
ぜーーーんぶ『病とそれにまつわるご縁』で
ここまでこれたキセキの連続だから~


そして
どんな時も
いい面を見られたら
絶対に素晴らしいことしか起きていない
で
今日の話題に戻りますが
「ない」を感じた時
イライラ・モヤモヤ
なんで?どうして?
苦しい・ツラい
そればっかりになっちゃいますよね~


わたしもそうです
例えば
そのお薬の副作用でなったのが
骨が壊死して変形して痛くて歩けないという病気
骨が死ぬときって
こんなに痛いのーーーーーーって
カンジでした
起き上がれない
動けない
もちろん歩けない
で
手術をしたのですが
しても痛みは完全に取れない
可動域といって、股を開く・足を曲げるといった角度なんて
びっくりするくらいないから
爪も切れない、靴下履けないとなるわけです
いまでこそ
バリアフリーになり
その一環として
様式のトイレも増えたしほぼそれですが
ちょっと前までは
公共施設の和式トイレ率ったらなかった


でね
外出したとき
洋式トイレ少ないーーー


空くのを待つのにイラっーーー
なんでしゃがめないの、わたし自身がもうイヤーーーーーー
とかいっぱいあって
でも
そんなことにとらわれている自分が嫌になっていたとき
閃いた


あっ、そうだ!紙コップだ
検尿は月1していて
あるとき思いついたのです
いつも紙コップ持っていたら
それにして
ジャーって流せばいいんじゃない?って
(汚いお話しでごめんちゃい
)
そんなことなんだけど
外出も苦じゃなくなり
心が軽くなったのです
どんなときも
いかに自分にとって楽に心軽やかに生きるか
自然と気づきや閃きをいただいて
生かされてきたのかもしれませんね~
もうダメだーーーの時も
ちょっと気持ちを楽に
自分を生きることに
いい状態の自分をイメージしてフォーカスしていたら
急に閃きや気づきがあって楽になれる時がくるはずだから
いつだって
わたしたちは守られている
わたしもあなたも大丈夫