ラグビーを好きになって知った聖地『秩父宮ラグビー場』
昭和22年、1947年11月に完成した東京ラグビー競技場と昭和天皇の弟宮、秩父宮雍人(やすひと)親王との関係が、今週の『週刊現代』の『ラグビー 男たちの肖像』で紹介されています
のちの秩父宮ラグビー場、東京ラグビー場は、本当にたくさんの“ラグビー人”の熱い想いと勤労奉仕によって作られたということがわかりました。
早稲田、慶應、明治、東京、立教の5大学OBが戦争で焼け残った時計やカメラなどを売って建設費用を工面して、工事現場でもラガーマンが無償で手伝ったそうです。
このエピソードを読んで、秩父宮ラグビー場がますます『聖地』だと感じられました
“スポーツの宮”として国民に親しまれた秩父宮殿下が、数あるスポーツの中でも最も愛したのはラグビー
当時ラグビー協会の総裁だった秩父宮殿下が工事中の東京ラグビー場を訪れ、工事関係者に声をかけたそうです。
ラグビー場完成後、オックスフォード大学が来日して全慶應、全早稲田、全明治と試合を行った際、選手のみなさんを激励したそうです。
昭和28年、1953年に殿下が逝去されると、東京ラグビー場を『秩父宮ラグビー場』に改称
花園ラグビー場も秩父宮殿下の提案から。
どちらの聖地も殿下と深い関わりがあったんですね
今週25日(土)には、秩父宮ラグビー場でサンウルブズの試合が行われます
殿下は、今年日本でラグビーW杯が開催されることを喜んでおられるでしょう
サンウルブズが2021年からスーパーラグビーに参加できないこと、2022年に創設される新しい国際大会から日本が外されることを悲しんでおられるでしょう
日本ラグビーがもっともっと発展しますように