3/11。
みなさん、それぞれの想いがあると思います。
お暇な方は、聞いてください。
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私には毎日、連絡をとっている親友がいます。
もう5年の付き合いになります。
2:46
職場の7階に居た私は激しい揺れを感じました。
ロビーに走りテレビを見ました。
震源は、友人の住んでいる県でした。
「亡くなった」と直感的に思いました。
本当に苦しかったです。
辛い気持ちを、周りの人々に打ち明けました。
しかし
わかってくれた人は、ほとんど居なかったと感じました。
家族や親戚でなく、友人です。
自分にとってかけがえのない存在ではありますが
私が直接被災したわけでもなく
私自身が何を失ったわけでもなく
わかってもらえないのは当然かもしれませんが・・・
「できることはないか」と言って、自分の街でボランティアをやりはじめたり
感情的に巻き込まれて、おかしく見えるほど騒いでるのですが
その割には私の気持ちに理解を示さなかった友達に一番腹が立ちました。
いや
理解を示せ、なんていうのは自分勝手な考えなのは分かっているのですが・・・
人と人とのつながりの深さって、こんなときにわかるんだな・・・
毎日話していた人がいなくなった。
胸に穴があいたような思いと相まって
寒くて、寂しい気持ちになりました。
それから。
職場のことです。
私は管理職なので、災害支援の会議に参加しました。
自分は友人の件があり、今すぐにでもヘリコプターに乗って飛びたいぐらいでした。
探しに行きたかったけど
新幹線はとまっている。
それもかなわず
職場から飛び立つヘリコプターを、歯がゆい思いで見ていました。
それなのに
職場からは理解されませんでした。
私なりに、東北大震災のことを考えていました。
だけど、お前は何も分かっていないみたいな言い方をされました。
特に上司Uは、
人を小馬鹿にしたような態度で。
確かに、私は口下手ですよ?
Uには友人のことは話していませんでしたが
それでも
それぞれの人々に、それぞれの想いや、それぞれの苦しさ、それぞれの失ったものはあるはずです。
上司Bには
「友達がいなくなった」
とだけ、言いました。
Bは、「そうですか」と言ってくれました。
そのあと、会議に一緒に参加しましたが、Bは私を馬鹿にしませんでした。
それだけは救われました。
3-4月は災害支援に行った職場の面々のかわりに、仕事をしました。
支援に行った上司と話す約束をしていた方がこられ、
「約束の日に居ないとはどういうことだ」
と大変立腹されました。
ひたすら、謝罪しました。
・・・
震災後は、私にとって、辛い日々でした。
思い出したくないです。
だけど
いまやっと1年経って、かけます。
ブログを移転したこともよかったです。
あのときは、苦しかったから書けなかったことと
地元の関係者にみられていたから、ここまで書けませんでした。
聞いてくださってありがとうございます・・・